2012年11月01日

シャイニングスカイ

気がつくともう10年程度、ずぅっとANAのマイレージ会員はプラチナステータス(3段階の真ん中)を維持していました。でも、来年はいよいよブロンズ(3段階の一番下)落ちのようです。
11月はじめで 32,533 ポイント。今年はあと大阪の学会出張往復と、年末の仙台往復しか飛行機に乗る予定がありませんから、プラチナ維持に必要な5万ポイントにはとても届きそうにありません。
例年ですと、バンコクを3往復+ハワイその他ロングフライト1回+学会出張、足りなければ沖縄往復、で5万ポイント到達だったのですが、今年はバンコク2回+ホノルル1回、あとは国内線ちょこちょこですから、少なくともバンコク1往復、もしかしたらさらに沖縄1往復が足りません。

友人達はブログを見ると、相変わらず東へ西へと飛び回っていて、旅好きな身としてはそれはそれでうらやましかったりします。もっとも僕にしても、今年海外へ3回、ハワイは9日間ですから、ごくごく一般的な世界から見れば、十分海外に出ているのですけれど。僕らの世界が世間からずれているだけでしょうか?
分かってはいますが、それでも「旅」と聞くとワクワクします。人の旅行記を読めばうらやましいと思うし、一昨日寄った丸の内丸善2階の旅行書コーナーなんて、それだけで1時間つぶせます。
朝晩は成田空港の横を通って通勤ですが、しばしば目の前・頭の上を飛行機が横切って、これまた胸が躍るわけです。なんで飛行機って、あんなにきれいなんでしょうね。あの飛行機に乗ってどこに行こう?

はやる旅心を抑えるために、アンケートなどで貯めたポイントをアマゾンポイントに代えて、「海とハワイアン・オルゴール」だとか、「琉球ソングス」だとかのα波オルゴールCDを手に入れて、診察室で流しています。
何とも言えずにの〜んびりして、旅心を満足させてくれるし、受診する子供達やお母さん達にも好評だし、一石二鳥です。
唯一の難点は、曲を聴いていると、ハワイや沖縄の情景が目に浮かんで、やっぱり時々飛んで行ってしまいたくなることでしょうか(笑)。

かかえきれない 光を抱いて 空は希望の海
かかえきれない 光を抱いて 風は自由な翼
シャイニング スカイ
見上げれば未来
見つめれば自由
青い空の果て 
はばたけ心よ

僕も心だけは、両手を広げて青い空の下を飛び回っているこの頃です。
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2011年09月30日

He Inoa No Ka'iulani

ロコの誰もが「PK」と略して呼ぶ、カイウラニ王女の邸宅があった付近に建っている、というホテルを今回の宿に選びました。
最近、道路挟んだ向かい側のホテルは、ウェスティンに変わって値上がりしているような気がします。大して良くない部屋なのに、結構良い値段します。しかもリゾート料金も高い。なので今回は定宿をあきらめて、PKにしました。
シェラトンのWebから予約を入れましたが、ハイフロア・オーシャンビューに無料アップグレードという料金で、$150。26階で、ウェスティン越しにワイキキビーチが目の前です。お隣のハイアットに邪魔されて、ダイアモンドヘッドは見えませんが、まぁこの部屋なら文句ありません。
口コミを見ると、結構ダメダメという意見も多いのですが、どうやら部屋のカテゴリーにかなり左右されるようです。建物も古いですしね。次回、もしまた泊まるなら、やはりカテゴリーにこだわった方が良いのかもしれません。

不妊治療をした妹がどうやら無事に着床したらしい、というのは昨年の夏に書いたのですが、着床して育ったのはなんと3つで、"maybe triple" が正解でした。
妊娠糖尿だの長引くつわりだのに耐え、大事に大事に育てて、4月に無事帝王切開で出産しました。34週だったかな。すぐさまホノルルへ飛んで、出産翌朝にNICUにいる赤ちゃんたちに会ったのですが、想定の範囲内でしか問題は起こらず、一安心でした。
押し出されるようにNICUを退院して、それからはもうバタバタ大騒ぎが続いたようです。母が3ヶ月弱手伝いに行きましたが、どこまで手伝いになったのやら。

そんな三つ子ちゃんと娘ちゃんとのご対面が今回の旅の主目的でしたが、ベビーシッターにあやされる赤ちゃんたちを見て、いきなり1歳半の娘が赤ちゃんモードに逆戻りしたのは予想外でした。まだおっぱいが離せない娘ですが、その回数が急増(苦笑)。ママは大変でした。
三つ子ちゃんは、すでに何となくキャラクターができあがっていて、結構楽しませてもらいました。女・男・女の3人きょうだい(って、この場合、どの漢字をあてはめるんだろう?)ですが、長女はかなりスマート(頭が良い、という意味で)なしっかり屋さん、長男は我が道を行くマイペース屋さん、次女は実はみんなを仕切るボスちゃんでちゃっかり屋さん。多分、3人の生存競争に勝利する次女ちゃんに、ウチの娘は圧倒されるに違いない、というのがみんなの共通認識でした。

その娘ちゃん、前回はワイキキビーチで波をかぶってギャン泣きしましたので、今回はまずプールデビューをもくろみました。
まず準備として、プールサイドを歩いてプールに落ちても大丈夫なように、必ず仰向けになるライフジャケットを購入しました。
色々検索して、高階救命器具のTK-55B(TK55B という記載もあります)のSサイズが最も良さそうだったのですが、売り切れのお店が多くて入手に難渋しました。今は楽天を検索するといくつか見つかるのがうらやましい。

何とか黄色のジャケットを手に入れましたが、これをちゃんと着てくれるのか不安なままホノルルまで担いでいきました(フロートなので小さくたためず、かさばるんですよね)。
着せた瞬間はいやがるそぶりを見せたのですが、フロートに印刷されている犬のイラストを見て、「わんわん、わんわん」と大喜び。そのままの勢いで、プールもいやがらずに無事に初体験終了。
ところが後日、レンタカーを借りてハナウマ・ベイに出かけたら、波の音にびびって(昨年の記憶があったんでしょうか?)、とたんにギャン泣き。入場料を払って入ったハナウマ・ベイなのに(って、実は僕はカマアイナで無料だったのですが)、わずか1時間で退散する羽目になったのでした。
それでも気を取り直して、もう1つのビーチ、カイルア・ビーチ近くのラニカイ・ビーチへ。住宅地のど真ん中にある不思議なビーチでしたが、「天国(=Lani)の海(=Kai)」と呼ばれるだけあって、全米ベストビーチのナンバー1に選ばれたこともあるそうです。
砂浜は確かに綺麗だったのですが、家々の間の路地から海が見えたら、すでに娘はパパにしがみつき、砂浜に着いたらギャン泣き。結局ここも、はるばるドライブしてたどり着いたのに、現地滞在約30分で終わりました。
海は苦手なんですかね。でもさらにおまけがあって、翌日再度ホテルのプールに行ったら、ここでも「プールいやだぁ、入りたくない〜」とギャン泣き。この前楽しんだじゃない、となだめてもダメで、さてこの先彼女は、プールや海を楽しめるのでしょうか?

到着翌日は、朝からワイキキ・ズーにお散歩に行きました。
普段図鑑(といってもイラストですが)でしか動物を知らない娘ちゃんですので、色々見せてあげたい、というのが親の希望だったのですが・・・
ゾウ舎の前では、足下にあるゾウの石像を見て「ぞうさんっ!」のベビーサインをしまくる娘ちゃん。目の前にいるのが本物のゾウさんだってば、と説明しても、あまりの大きさにピンとこなかったようです。長い鼻でえさをとるのを見て、ようやく「ぞうさん」を理解した様子。
一度動物の大きさを理解すると、その先の理解は早く、トラさん、キリンさん、ゼブラさん、と楽しんでいました。ヤギさんとのふれあいコーナーでは、怖いもの知らずに突進して、片っ端からヤギさんをなでまくっていました。かたっぱしからフンを踏みまくってもいましたが(苦笑)。
時間がなくなってしまったからパスしたのですが、今度は水族館に行ってみたいね。

後輩くんに頼まれた「iPhone4 SIM アンロック版」は、ホテル斜め前にあるアップルストアで、実に簡単に入手できました。昨日クレジットカードの請求書が上がっていましたが、32GB 白色の iPhone4 が 61,811円だったそうです。日本国内で入手するよりは、1万円くらい安いかな?
電池がへたって使えなくなった Palm (SONY CLIE TH-55) の代わりに、僕も1台手に入れました。日本国内では WiFi で使うつもりです。E-Mobile の GP01 をタダでもらったので。

ワイケレのアウトレットモールでは、妻は結局、娘ちゃんのものばかりを見ていました。
昼食後、妹は「私は自分の欲しいもの、見に行くね〜」と僕らと別れたので、妻も「私も自分のものを見るかな〜」と言いながら、結局入ったのは「The Children's Place」。するとそこには自分のものを見に行くはずの妹が、長男の服を探してウロウロしていたのでした。
まぁ、2人とも、自分のことより母親業優先、ということなのでしょうか。微笑ましくて好きです。

帰国前夜に妹夫婦が連れて行ってくれたのは、カネオヘにある「ハレイワ・ジョーズ Haleiwa Joe's At Haiku Gardens」。
ノースショアが本店だそうですが、カネオヘ店もワイキキに近いですから、かなりの人気なのだそうです。
ここのプライムリブがすごいので、一度お兄ちゃんに食べさせたい、ということでした。
近くに住む妹の義妹夫婦(と言っても僕より年上 笑)も合流したのですが、このお店は「first come, first served」(=予約不可)だそうで、数量限定のプライムリブを食べたければ、夕方6時にお店に入らないと厳しいのだとか。
プライムリブは無事に注文できたのですが、「side dish は?」と言いながら、誰も注文しない。あとでお肉が届いて、その理由に納得しました。厚みもすごいし、大きさも大きなお皿からはみ出しそうでした。うわぁ、すごい。
食べきれなければ持って帰れるって、まぁそうでしょうねぇ、普通は食べきれないと思います。ついでに、メニューには「時価」って書かれていましたが、いくらするんだろう、と思わず小市民的に心配したのでした。

今回は、割とワイキキから離れず、のんびり散歩したり、ウィンドウショッピングしたりの旅行でした。
最近はウォールマートだのコスコだのサムズクラブだのと、買い物中心の旅行が多かったので、久々にのんびりしたハワイ旅行だったような気がします。
妻は「毎年同じところじゃつまらない」と言っていますが、来年は2歳半になる娘ちゃんと、ドールプランテーションとかシーライフパークも楽しいんじゃないかなぁ、と思ったりもします。ハワイの運転免許証更新の時までお預けでも良いですけどね。
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2011年07月23日

ケサラ〜CHE SARA〜

定宿の近く、アソークと Soi 19 との間に最近できた Health Land Asoke で2時間まったりとマッサージを受けて外に出たら、パラパラと小雨が降り始めていました。空を見上げると雲は黒く低くて、これは本格的に一雨来るのかなぁ、と思いながら何気なく腕時計を見て気づきました。そうか、もう飛行機は、超絶雨男の後輩君を乗せて、成田空港を離陸した頃なんだ。

「連休は特に予定ないんですけどね」と言う後輩君に、航空券更新のために家族でるるぶするんだけど、一緒に行く? と誘ってみたら、ある日突然「安いチケット、取れました」と連絡が来たのでした。
一緒の旅行は、ちょっと久しぶりかな?

土曜の午前中まで仕事な彼とは異なり、金曜日を3時間早退して夕方便で飛びました。
ゲートは32番。ANAラウンジよりもUAのRCC(Red Carpet Club) の方が遙かに近いのは、前回と同様です。ファミリールームがあるそうで、リクエストしたら、なんとプレイルーム兼用の個室でした。
ANAラウンジのお座敷も良いですが、このファミリールーム、なかなか素敵です。姫にゆっくり夕食を食べさせることができました。それでも機内食が配られたら、寝ていたはずなのにむっくり起き上がって、「ちょーだい」のベビーサインをするあたり、欲張りなんだか、食い意地が張ってるんだか。

空港着は定時でした。
日本時間では結構深夜なので、なるべく早く確実に安全にホテルに着きたい。1人身なら出発階に上がってタクシーを捕まえるのですが、たまにぼったり、変なところに連れて行かれそうになるので、夜遅くに女子供連れでそれは避けたいところです。到着階から下に降りて正規のタクシー待ちするかなぁ、と思ったら、ホテルのリムジンサービスを発見。値段は高速料金込みで、通常のタクシーの倍。ベンツの送迎なら、妥協範囲内です。姫は眠かったはずなのですが、車内では通り過ぎる夜景を指さして、「あっ あっ!」と大騒ぎ。結局ホテル到着後も夜中遅くまで部屋の中を歩き回って、パパ・ママを疲れさせてくれたのでした。

翌朝、姫は夜中までハイテンションだった影響か、いつもより2時間はお寝坊。
のんびり朝食のバイキングを食べて、会田さんご夫妻のオフィスへ。いつものように、とりとめのない話題で会話はつきず、結構長居をしてしまいました。
シーロム・コンプレックスのS&Pでカオ・クルック・ガピやパッタイを食べて、地下鉄でホテルへ戻り一休み。
姫はいきなりお昼寝モードに突入したので、そのあいだに僕は Health Land Asoke でマッサージです。Health Land はサトーン・ヌア店によく通っていましたが、どのおばちゃん(時々おねーさん)にあたっても、はずれがないのが気に入っていました。ただ、サトーンは2時間 450バーツなのに、アソークでは 550バーツと言われました。後で値段の違いに気づいたのですが、値上がりしたのか、外国人価格なのか、どちらなのでしょう? 余計な100バーツを取られたのなら、何となく悔しい(苦笑)。

夕食を食べようと出かけたら、サイアム・スクウェアでは雨はほとんど上がっていました。「スカラ」の場所を忘れてましたが、Novotel Hotel のコンシェルジェに soi の番号を確認して、無事に到着。フカヒレやアワビを堪能しました。カニチャーハンは姫も気に入ったようです。
ホテルに戻り、妻が SPA を堪能している間、姫のお相手。長風呂をしたと思ったのに、出てみたら SPA の終了にまだ80分ある。ぐずる姫をようやく寝かしつけたら、一緒に寝落ちしていました。

日曜の朝、いつもより1時間の寝坊で姫がお目覚め。
パソコンを立ち上げると、後輩君から無事に到着、のメールが届いていました。
朝食後ロビーで合流して、タクシーで中華街へ。
彼はクリニックで使うシールだの、開院1周年記念(おめでとう!)に配るノベルティーグッズ(の象さん携帯ストラップ)を大量買いしたいそうで、まずはサンペンレーン市場へ。お目当てのシール問屋さんは休日だったようですが、ほぼ目的のグッズを大量に買い込んで、満足だったようです。午前中だから人は少ない、とはいうものの、狭い通路に人がごった返している中、姫のバギーを押しながらスイスイ進むあたり、なかなか頼もしい(便利で助かる、とも言う 笑)。

南星でフカヒレを食べた後、今度は、隔離部屋で子供たちにDVD見せるのに使いたいから、とポータブルDVDプレーヤーを求めて泥棒市場へ。
さすがに昼ともなると人出はさらに増え、露店が並ぶ市場への道筋は身動きが取れなくなりつつあります。あちこちにある人だかりの山をのぞくと、アダルト系DVDだの大人のオモチャだのの屋台で、こんな真っ昼間から良いんか? と突っ込んでみたい。個人的には興味あったんですけど(爆)。
泥棒市場では、姫ご一行はKFCでジュース飲みながら一休み。後輩君は、無事に希望のリージョンフリー・ポータブルDVDプレーヤーと、大量のビデオCDだかDVDだかを手に入れご満悦。DVDプレーヤーは 2,300バーツですから、安いよね。
どちらの市場も、ゆっくり見て回りたいけど、そうなるとバギーは邪魔ですね。かといって、近くにバギーを預けられるところがあるとも思えないし、持って行くのかホテルに置いていくのか悩むところです。

タクシーでサイアム・スクウェアに出て、後輩君のマイミクさんのお店(Hanako)経由マンゴータンゴー行き。お店の場所が Soi 4 近くに変わったなんて、知らなかったよ。
マンゴータンゴー食べて満足して、MBKを少し冷やかしてホテルに戻りました。

夕食は地下鉄サムヤーン駅近くのソンブーンで「殻なしプーパッポンカリー」を食べようと思っていたのですが、約束の時間近くにホテルを出たら、昼寝(夕寝?)から目覚めた姫が思いっきりグズグズ。どうにも落ち着かせられないので、レストランをあきらめ、ホテルでルームサービスに変更しました。
後輩君もお誘いして、3人で Yum Woon Sen、Tom Yum Goong、Poh Pia Thord、Gueng Kiew Waan、Khao Soi Gai を食べてご飯3つとって、ビアシン1本で 1,670バーツ。特にカオソーイは大変美味で、お腹はいっぱいだし、部屋でのんびりお食事だし、コストパフォーマンス悪くないねぇと一同感動しました。
まぁ、彼はさらに夜の街へ繰り出して、カオマンガイ食べたらしいですが。

翌朝は5時(日本時間の7時)起床、5時半にロビーで合流。かなり飛ばすタクシーのおかげで案外早く空港到着。
今回はANAのカウンターで、CIQのVIPレーン Fast Track のチケットをゲットし、手持ちの1枚を後輩君に貸して、混雑するCIQを横目に素早く出国。
後輩君が手に入れた Tiger Balm の Neck & Shoulder Rub BOOST が良さそうなので、僕も King Power で購入しました。270バーツ。BOOST じゃないのが 250バーツ。マッサージで「タイガーバームつけて?」と頼むと塗ってくれるのが、多分これでしょうね。においが同じでした。

機内では何となく遊び、しっかりおっぱい飲んで、寝たり起きたり、の姫を横目に、後輩君が「なんで見ないんですかぁ! お勧めっすよ」と強く推奨した「毎日かあさん」を見ました。
確か昔、彼に原作を借りて読んだ気がします(が、もう1回1〜5巻貸して? 笑)。
小泉今日子のお母さん、とても雰囲気出てましたね。子役2人がとてもかわいいですね。
でも、後半は本当に泣けました。玄関に脱ぎ散らかされた靴や、誰もいない食卓を写真で撮り、最後にその食卓に座る自分の顔を1枚。「自分」という存在は、間違いなく「子供たち」に受け継がれてはいるものの、それとは別に、自分が生きた証、欲しかったんだろうねぇ。
時々うるうるきてましたが、エンディングに流れた「ケサラ〜CHE SARA〜」を聴いて、もう号泣でした。少し遅れて見始めたお隣さんも、時々目に指を当てていましたから、きっと同じだったんでしょうね。

ケ・サラは、「僕たちの人生は 平和と自由もとめて 生きてゆけばいいのさ」を学生の頃に聞いた(歌った?)記憶がありますが、木村充揮さんのこのケ・サラも良いですね。
映画とは全く関係なく作られた歌だそうですが、映画にとても良く合っていました。
エンディングロールに流れる写真を見ながらこの歌を聴くと、胸が締め付けられます。

成田は定刻着。
夕食を一緒して、後輩君と別れました。
慌ただしかったような、それでいて姫のペースに合わせてのんびりだったような、不思議な旅でした。
後輩君との旅も久しぶりで、これもまた楽しいものでした。
気心が知れた人たちとの旅は、楽しいですね。
また行きたいね。

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2010年10月07日

虹の木

空港の長い回廊(テラス)を歩きながら、そういえば今回もまた28番ゲートはどこの航空会社が使っているのか確かめなかったなぁ、と気付きました。
右手には駐機場の飛行機たちの上に広がる青空。左手はレインボーシャワーツリーの花々。
ベビーカーにおさまってご機嫌な娘を眺めながら、また来年もかなぁ、と心の中でつぶやいたのでした。

人見知りをする前に、妹に会わせよう。
娘の誕生後、頻回に届くハワイからのギフトを眺めながら、家族一同意見が一致したのは6月頃だったのですが、果たして間に合うのか? ほ〜ら Auntie だよぉ、と会わせたら、抱っこしてもらった瞬間にびぇぇぇ〜〜 では妹が可愛そうだ。何より、沢山のギフトをもらっているのに申し訳ない(笑)。
そんな両親の心配をよそに、本人は初対面の妹に抱かれてもニコニコで、とりあえずの目的が果たせて何よりでした。

この指とまれ、と希望者を募ったら、我が家の4人に妻のご両親も(前半の3泊だけでしたが)参加が決まり、大人5人赤ちゃん1人の「娘ちゃん 初海外 ホノルルツアー」ご一行様となりました。
大勢で行く旅行は、にぎやかで楽しくて好きです。
妻や母、義理の母は、娘の服だの、フラ用ドレスの生地探しだの盛り上がっていたようです。僕と義理の父は買い物には付き合いきれないので、その間潜水艦ツアーに参加したのですが、コクピットの真後ろの席で、思いのほか楽しく、写真撮るのを忘れて興奮しちゃいました。
食事も大勢だとワイワイとにぎやかで、素敵な旅となりました。

妹は僕らよりも少し早く結婚したのですが、結婚式はあろうことか12月の一番忙しい時期。
招待状もらっても行けないじゃん、と半ば呆れ、半ば怒り、結局欠席をしたのですが、先方のご家族には随分失礼をしました。今回そのお母さんや兄弟姉妹とバーベキューパーティーをやって、ようやくお互いに紹介しあえた。これもこの旅の大きな成果でした。
母と先方のお母さんとの会話は、ほとんどが妹の通訳付き。ハワイに渡ったときは "This is a pen." レベルでしたが、さすがに大学でもまれ、仕事でもまれ、10年以上も暮らせばあまり不自由は無いのでしょうね。
ステーキを焼きながらビールを飲んで、酔うほどに怪しくなるばかりの僕の英語でしたが(え? 最初からだって?)、それでもなぜか今回は、ホノルルに着いたときから英語脳に切り替わっていたのが不思議でした。

ギフトを沢山もらってはいましたが、きっとハワイだとこんなのあるよね、あんなのあるよね、と親馬鹿2人話し合っていた通り、ワイケレのアウトレットモールだの、ベビーザラスだの、アラモアナにウォールマートだの出かけては、結局買うのは全て娘関連のものばかりでした。帰国してからようやく、"Tea Tree" ブランドのシャンプー&コンディショナーの補充、買うのを忘れていたことに気付く始末。まぁ、いいや。次に行くまで持つだろう。

娘は、ぬれてもOKというオムツをして、ワイキキビーチで海 初体験。砂の感触が楽しかったようですが、いきなり大きな波をざぶんと浴びて、そこから先はおびえてぎゃん泣きでした。まだ泣く前に、ダイアモンドヘッドを背景に家族3人で撮った写真は、来年の年賀状用決定です。

モアナルア・ガーデンパークにある大きなモンキーポッドの樹。通称(?)「この木なんの木」の前で、妹夫婦を含む全員で撮った写真も、大切な思い出になりました。またこうして全員で写真が撮れたら良いなぁ。

妹は以前から不妊治療を受けていたのですが、僕に娘ができて、叔母さん愛に目覚めたあと、やはりどうしても自分も欲しくなった様子。ついに体外受精に踏み切りました。
僕らが行く2週間くらい前に受精卵を戻したのですが、ハワイでは5個戻したそうで、多胎妊娠になったらどうするんだろう。
妹の年齢では、それほど多くは着床しないだろう、という予想だったようですが、2ヶ月くらい前から飲んでいた漢方の効果なのか、無事に着床したようです。僕らが着いてすぐの月曜日に血液検査をしたのですが、数日後、とても早口の女医さんから「HCG が 213 と妊娠レベルに達した。おめでとう!」とボイスメールが入っていました。いや、いくら専門領域だって言っても、あの早口の英語は聞き取れない(^^;)
"probably twin, maybe triple" ということでしたが、HCG のレベルで分かるんでしょうか?
「"probably" と "maybe"、どちらが可能性高いんだっけ??」と家族で笑いあいました。
でも、どちらにしても周産期医学的にはリスク抱えるのですが。
これが最後のチャンスになる可能性が高い彼女の年齢を考えると、どうぞ無事に、と祈るばかりです。
みんなの願い通り順調に行けば、来年の6月には、娘にいとこ(達?)ができるようです。

8日間の旅でしたから、少しのんびりできたのですが、帰国してみたらなんだかもうハワイが恋しく感じます。
それはあの街が持つゆったりとした時間の流れなのか、家族と過ごした時間なのか。
青い空と、日本から比べたら湿度の低い風と、コバルトブルーの海と、人々の笑顔。
それらに抱かれながら、どうか来年、またみんなが元気に健康で再会できますように。
ちびちゃん(達?)の笑顔に会えますように。
風に揺れていた虹の木のきれいな花を思い出しながら、静かに祈るのでした。
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2010年09月02日

北の国から

夏休み前に小旅行をするとしたら、沖縄と北海道、どっちが良い?
僕の質問に少し悩んだ妻は、「北海道かなぁ? 暑くないだろうから」
かくして、「娘ちゃん飛行機初体験の旅」は、久しぶりの旭川となりました。

近所のスーパーと、車でちょっと走ったショッピングモールと、高速で1時間ちょっとの妻の実家くらいしか外出経験の無い娘。6ヶ月まで超箱入り娘なわけですが、つまりは新米パパさんとママさんも、赤ちゃん連れの外出経験に乏しい。
羽田空港まで電車で行く勇気は、まだ無いよね・・・ ということで、出発の朝は車で羽田空港まで出かける過保護さ(軟弱さ、とも言う)。車に乗ると寝てしまう娘ちゃんは、この朝は何となく興奮気味で、もしかしたらパパ&ママの緊張が伝わったのかしらねぇ。

チェックインで最前列の席をゲットし、ベビーカーを預け、お土産を買ってセキュリティーチェックを抜けたら、ラウンジに寄る時間はなんとなく無さそう。そのままゲートに向かったら、程なく搭乗の時間となりました。
ANAの予約を取っていましたが、運行はエアドゥ。小さな飛行機の座席に収まったら、娘ちゃんは結構ニコニコしています。離陸も泣かず、まだ水平飛行に移る前から耳抜き代わりにおっぱいを含ませたからか、上空でも良い子ちゃんでした。ちょっとほっと一安心。
飛行の後半は寝ていましたが、着陸の衝撃ですこ〜し目を開けたものの、パパ&ママの顔を見たら安心したのか、またウトウト。最後までグズリもせず、初フライトは終了したのでした。

旭川空港には、かつてこの街に住んだときにとても仲の良かった友人が迎えに来てくれていました。
大学時代「街の友人たち」と呼んだ、僕よりも一回り年上の友人たち。その中心的役割を果たしていた友人ですが、今回もとても気安く、「いいよ、迎えに行くよ」。そういえば結婚前の冬に旭川を訪れたときも、彼が旭山動物園まで迎えに来てくれましたっけ。

最近買った、というプリウスに乗り込み、まずは一路美瑛の街へ。本当にプリウスは静かですね。エンジンが動いたり止まったりするのが面白かったですが、燃費もかなり良いようです。
ちょっと気になる車です。

美瑛の街で、「お腹すいたっしょ?」と最初に連れて行ってくれたのは、「四季の風」という、3立て(挽き立て・打ち立て・茹で立て)10割そばの店でした。「見た目は少なく見えるんだけどね〜 食べると結構ずっしりくるんだヨ」という友人の言葉通り、普通盛りで確かにお腹にずっしりきました。真空管アンプが沢山で、クラシック音楽の流れる、ちょっと不思議なおそば屋さんでした。

そこから美瑛の街中にもどり、白樺街道へ。
気持ちよく白樺の林の中を走りながら、「青い池」で途中下車。
駐車場から歩いて5分程度のところにある、本当に水の色が青い池でした。行った時は曇っていたせいか、青と言うか乳白色混じりでしたが、インターネットにある写真を見ると、透き通るように青いですね。
僕が住んでいたころにもあったようですが、当時は全く無名でした。白樺街道は何度となく走ったから覚えていますが、もちろん駐車場なんてなかった。恐らくガイドブックに紹介されて内地からの観光客が増え、駐車場を整備し、ようやく地元でも知られるようになってきた、という状況のようですが、後で聞いたら、旭川の友人たちはみんな知りませんでした(^^;)

白金温泉街を抜けて、山を登り望岳台へ。
そういえば昔、よく夜に1人で(! 苦笑)、星空を眺めに来たものでした。天の川って、ほんとに川なんだなぁ、と知ったのはここでした。
昼間の望岳台は、美瑛周辺の丘陵地をはるかに見下ろせる、とても気持ちの良い場所ですが、今回は若干曇っていたのが残念でした。

帰りに吹上温泉の白銀荘に寄って露天風呂でひとっ風呂。ママ&娘ちゃんは、ご休憩所で一眠りしていたようです。
そういえば、一番標高が高いところにある温泉、で有名な十勝岳温泉の凌雲閣は、このもう少し先だったんですね。今回この日記を書いていて気付きました。よく冬に、雪上車で迎えに来てもらって、露天風呂に行きましたね、凌雲閣。

旭川に戻ってきて、ホテルにチェックインしたら、もう夕食の時間でした。
友人がセッティングしてくれた「北の富士」へ行くと、すでに友人たちが大勢集まってくれていました。沢山のお祝いを頂き、娘ちゃんをあやしてもらい、新米ママさんは先輩ママさんからちょこっとお話を聞き、ちゃんこを食べ、ザンギも食べ、イカのルイベも食べ、ビールがぶがぶで僕もうお腹いっぱぁい。娘ちゃんは途中で少しぐずったものの、代わる代わるあやしてもらって最後はスヤスヤ。ありがたいのは気心が知れた友人たち、と再認識したひと時でした。

翌日は少し寝坊したところに、再び友人から電話が入りました。
希望通りに、「蜂屋」の3条本店でラーメン。前回来た時にも食べましたが、ラードの効いた独特の風味は、苦手な人もいるかもしれませんが、僕は好きです。僕にとっての「旭川の味」なのかもしれません。昨秋、東京神楽坂に出店したとか。一度行かなくちゃ。

ラーメン堪能の後、旭川空港まで送ってもらい、再びチェックインで最前列の席をゲットし、ベビーカーを預け、お土産を買ってセキュリティーチェックに向かおうと思ったら、友人の1人が娘ちゃん出産のお祝いを持って見送りに駆けつけてくれました。時間があったら行くね〜 と言われたのでギリギリまで待っていたのですが、正解だったようです。

帰りの機内は、おっぱいを含ませる前に寝てしまって、到着までスヤスヤ。結局機内で騒いだらどうしようか、という心配は杞憂に終わりました。いや、その、ハワイ旅行で騒いだときの予行練習としての小旅行だったのですが、あまり練習にはならなかったかも。
こうして現地滞在24時間40分の旅は無事に終わったのでした。

楽しかったね。
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2009年01月14日

大空と大地の中で

「今年は来れるのかい?」
大学時代を過ごした街の、大学とは全く無関係の友人達から届く毎年の年賀状にはどれもこれも、必ずこの一言が書き添えられていました。
毎年成人式の日に開かれる新年会。成人の日がハッピーマンデーに変わってからは、その前日の日曜日に開かれるようになったのですが、いつか必ず、と思いながら、休みが取れずに欠席し続けていました。
振り返ってみればこの前顔を出したのは、神戸大震災の年でしたから、もう14年になります。
2年前には羽田まで行きながら、旭川行き最終便に乗り損ねたこともあって、今年こそ、と心に決めていました。病棟にも根回しをして準備していたら、直前に受け持っている赤ちゃんが急変。つくづく縁がないのかなぁ、と暗澹たる気持ちになったのですが、それでも何とか持ち直しかけてくれたのを幸い、思い切って旅立ちました。

千歳は結構雪が降っていて、前便はかなりの遅れがあったようです。僕らの便は、滑走路の除雪で折り返し便が30分遅れたため、ドミノ倒し的にディレイしたものの、何とか無事に到着。札幌で買い物をして旭川にたどり着いたのは夜の8時過ぎでした。
久しぶりの旭川。前回帰ったのは三浦綾子さんのご葬儀のときでしたから、9年前。駅前はこの時期にしては雪が少なく、思ったよりも暖かかったのは、やはり温暖化の影響なのでしょうか。
夕食は「大舟」。学生時代に何度かここでご馳走になりました。きんきの煮つけが美味しいのですが、当時はメニューに「時価」と書かれていました。貧乏学生には敷居の高い居酒屋でしたから、ここで夕食が食べられるのは、ちょっと幸せ。

翌日は、今や日本中でもっとも有名な動物園となった、旭山動物園を訪れました。
僕がいた頃は、限りなくつぶれかけた動物園で、冬季の半年間は閉園していました。当時飼育係をしていた、今は絵本作家として活躍中の友人、あべ弘士さんに誘われて、冬の動物園を訪れたことがあります。
ペンギンもホッキョクグマも、それは元気いっぱいで、「こんなに元気なら、見せてあげたらみんな喜ぶだろうに」とつぶやくと、「こんな、なまら寒い中、見に来る人なんていないっしょ。」 まぁ、そうですけどね。
それが今や、厳寒のさなかだというのに、ペンギンパレード見たさに結構な数の入場者があるようです。
動物園は僕が知るものとはまったく姿を変え、確かに寒さを忘れる楽しさでした。オランウータンの握力に驚いたり、アザラシのひょうきんさに笑ったり。ペンギンパレードも、追っかけをして3ヶ所で眺めてしまうほどのカワイさでした。すっかり盛り上がって、ホッキョクグマ見るの忘れましたが。
今度は夏に行ってみたいかな。

夕刻、わざわざ動物園まで迎えに来てくれた友人と新年会の会場に行ってみると、そこには懐かしい顔・顔…
みんな変わらないなぁ、と驚いたのですが、僕も全く変わらない、とあちこちで驚嘆の声があがっていました。それって、ほめられてるんだよね?
ついこの間不整脈で死に掛けた友人がいます。事故で致死量をはるかに超えた一酸化炭素中毒を起こし、この友人に見つけてもらって命拾いした夫婦がいます。たまたま他の検査から早期胃がんが見つかって手術をした友人がいます。漏電から火事になって、呉服会社が全焼した友人がいます。この14年の間に亡くなった友人もいます。相変わらず苗字が変わらない友人も少なからずいます。仕事を辞めてお母さんの介護をしている友人は、さすがに顔を出す余裕がなかったようです。
みんなそれぞれにそれぞれの事情を抱えて、それでもにこやかに、穏やかに、笑いあっていました。
多分、みんな年をとっているはずなのだけれど、なんだか10余年前と少しも変わらない。そのことに安心しました。

以前書いたことがありますが、この友人たちに出会えたことは幸せでした。
多くの友人は僕よりも一回り年上で、もちろん医学の世界とは縁も無い人たちばかり。
僕はなぜか「医大生らしくない医大生」なのだそうで、みんなの弟として、随分かわいがってもらいました。
春は花菖蒲観賞から始まって、5月には山菜取りをして斉藤牧場の丸太小屋で天ぷらパーティー、7月はパリ祭のシャンソンコンサート、秋は紅葉狩りに十勝岳温泉・凌雲閣の露天風呂、冬は雪の村、とまぁ、1年中何かしらイベントを起こして遊んでいました。
いくつかのイベントは、かなり大規模なものに発展しました。そういえば「雪の村」は、忠別川の河原から旭山に舞台を移していましたね。
僕が来るなら、と、今や准教授(助教授)になった大学の大先輩が、二次会に顔を出してくれました。奥様が僕らの仲間だったことから、大先輩もお仲間入りしたのですが、そういえば婚約者だと初めて紹介されたのは、初回「雪の村」の開場初日でしたっけ。
そんな、ちょっと遠くなってしまった思い出を、ぽつりぽつり思い出しながら説明できたのも幸せでした。

翌日。
飲んだら飲むウコンの力が効いたのか、相変わらず二日酔い知らず。
ホテルの朝食をパスして、まず「蜂屋創業店」のラーメン。友人たちは味が落ちた、と言ってましたが、いやいや、なかなか。なんだか懐かしい。
そして荷物を旭川駅に預けて、バスで大学に向かいました。
卒業以来初めて帰る母校。建物が増えていたり工事をしていたり、内装も随分良くなりました。

大学病院・臨床講義棟と、基礎医学の実験棟とを結ぶ細長い渡り廊下は、通称「シベリア回廊」と呼ばれました。北国の大学ですから、全ての建物は渡り廊下でつながり、一歩も屋外に出る必要が無いのですが、特にこの「シベリア回廊」は、学生にとってとても象徴的な渡り廊下でした。
真冬でも暖房がめったに入らない寒い廊下。窓からは時に雪が吹き込んで、床上に吹き溜まりができていた廊下。
でもこの廊下を病院側に渡るためには、大学4年のバリア試験を、全科目再試無しの一発合格しなくてはなりませんでした。その重圧と覚えるべき事項の膨大さは想像以上で、それだけにこの試験に無事合格して、晴れてこの廊下を渡ることは、学生たちの憧れでした。
久しぶりに「シベリア回廊」を渡ってみると思いのほか寒くは無かったのは、廊下の両端の扉が暖房の入った建物に向けて開け放されていたからなのか、それとも当時も本当は寒くなかったのか。どうなんでしょうか。

大学からの帰りに、かつての下宿を訪れてみました。
もはや人手に渡り、まったく別の生活が営まれている建物は、古くなったものの卒業の頃とあまり変わっていないようでした。
遠距離に住む友人に電話をするため、寒い冬の夜、真っ暗な中を、オーバーとマフラーと手袋で防寒して、100円玉を握り締めてもぐりこんだ、近くの公園の電話ボックス、今でも残っていました。

千歳空港に戻る列車は、「旭山動物園号」で始まりました。
夕暮れの大平原の中を雪を舞い上げて走る列車は、意外と乗客が少なく、低くうなるモーターと、時々聞こえる鋭い警笛だけが音の全て。
心地良い疲れの中で、ふと気付いてみると、「あの頃は…」という話ばかりをしている自分がいました。
振り返るには、まだ若い。
確かにそうなんですが、むしろ今回の旅は、振り返るための旅だったような気もします。
色々なことに悩み、苦しみ、泣き、笑い、決して精一杯とは言えないけれど、それでもそれなりに頑張って生きた日々を思い返す旅は、多忙とストレスに心を削られる今の自分にとって、まさにこごえた両手にふきかける息だったのかもしれません。
少し心と体が暖まって、さぁ、後は目の前の幸せをしっかりつかむだけなんでしょうか。
次にこの大空と大地の中に戻ってくるときには…
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2008年10月10日

虹の彼方に Over The Rainbow

ハワイの愛称は「Aloha State」ですが、「Rainbow State」という別名もあるほど虹が多く見られます。
メネフネというカウアイ島に住んでいた小人族の伝説(神話)では、かつてハワイには虹がなく、彼らが集めて作ったハワイの虹は「赤・オレンジ・黄・緑・青・紫」の6色だそうです。
ホノルルに着くと、いつもどこかで虹に出会います。しかも見事なアーチを描く虹ばかりで、日本ではここまでしばしば目にすることがないだけに、歓声を上げて思わず見とれてしまうものです。

山のあなたの空遠く「幸」住むと人のいふ…は上田敏訳のカアル・ブッセの詩ですが、山の彼方に「幸い」が住むのなら、この虹の彼方には何があるのでしょうか。
どんな夢もきっとかなえられる国?


観光客でも運転免許が取れる、というのは、昨年 mixi でえいこ先生に教わったのですが、これだけ長くホノルルに行きながら、それまで全く知りませんでした。
えいこ先生は昨年仮免を取得して、今年が実技試験。なんと事前の路上教習などなしに、独力で見事本免許を手に入れたそうです。ホノルルでの運転免許取得は結構難しいですから、きっとご主人は相当の鬼教官だったのでしょうね(笑)。

さて、この「Social Security Number がない観光客でも運転免許が取れる」というのは、ハワイのほかにもいくつかの州で可能なようですが、9・11 のテロリスト達が多数、運転免許証をIDとして利用していたという事実をもとに、SSNが無ければダメ、という制限へと変わり始めています。もしかしたら今年が免許を取るラストチャンス?
かくして今年の夏休みは、バンクーバー・バンフ大陸横断鉄道(VIA)の旅の予定を急遽ホノルルに変更、運転免許に挑戦となりました。

ホノルルに着いた足でそのまま妹に Social Security Administration Office に連れて行ってもらいました。待つこと1時間、ようやく呼ばれて窓口へ行き、「Dillingham で車の運転免許試験を受けたい」と告げると、「アプリケーションフォームは? もらってない? あ、そぉ」そう言いながら左手でアプリケーションフォームを手にすると、パスポートを見て、さささと名前を記入して、「はい、おしまい」
あの、もう終わり? ものの1分かかってない。不安になって、「Copy もらえる?」と尋ねると、にべも無く「ダメ」
これで本当に大丈夫なのか、かなりの不安を残しながら、とりあえずホテルにチェックインしたのでした。

ホテルでは翌日の仮免試験(学科試験)に備えて、問題集の見直しをしていました。
ホノルル直前のバンコクで、「10月1日から、日本語で学科試験が受けられなくなりました」という衝撃的なメールを受け取り、あわてて英語の問題を解き始めたばかりです。それでも、2〜3なじみの無い単語はあるものの、日本語の問題集がかなり適切な訳をしていてくれたのと、分からない問題は元々英語のテキストを読んでいたので、それほどの苦労はなさそうです。
実際、試験本番でも、出るだろうなぁと思った問題が出て、1問だけ「多分4が正解だろうけど3にしておこう」を予想通りに間違えただけで、無事学科試験は合格しました。

この学科試験前に視力のチェックがあるのですが、左右それぞれの目で指定された列の数字を読むのは問題ないのですが、視野の検査があるとは知らず、少しあわてました。
「光が点滅しているでしょ? 右左どっち」 えぇと、目の前は真っ暗なんですけど?
「頭を機械から離して、はいもう一度近づけて、光の点滅は右左どっち?」 えぇと、目の前は真っ暗なんですけど??
「あ〜 じゃぁ、もう、眼科行ってきてね」 ちょ〜っと待って、眼科行きじゃ今日試験受けられないでしょ。妹呼んでくるから(汗)。
妹が通訳に入ります。「光が点滅しているのは右左どっち? と聞いてる」 いや、それは分かってるんだけど、目の前は右も左も真っ暗で点滅なんてしてないよ?
彼女がもう一回それを伝えたところで、担当のおばちゃん、ようやく「右『側』か左『側』に光が点滅するんだけど」とおっしゃる。おい、「side」って言わなかったじゃないか。機械の前の右左じゃなくて、機械の側面の右左なのね。んじゃ、「left」
「はい、合格。妹さん、good help ね」 …違うだろ? かなり焦った瞬間でした。

仮免許を手に入れてホテルに戻り、妹・母と作戦会議(笑)です。
妹の意見は、ハワイでこれまでに運転したことがあっても、日本流・自己流のはずだから、試験前に講習を受けた方が良いんじゃないか、というものでした。
同じことを考えていましたので、かねてインターネットで検索して見つけておいたところに電話をしてみました。夜でしたがすぐにつながり、色々と相談。
結局、彼にお願いをすると、Dillingham の試験場なら、朝8時の試験枠を保証してくれるとのこと。Kapolei だとそこまでの対応は難しいようで、やはりインターネット上に広告のある、運転講習をしてくれる会社は、それぞれ地元試験場に何かしらのコネがあるようです。
車も、妹が乗っているのよりははるかに小さい車を借りられるそうなので、Kapolei での試験をあきらめ Dillingham にして、講習+試験枠確保+車の手配をまとめてお願いすることにしました。

2時間の講習を2日に分け、水曜日の午後に1時間講習。それをもとに妹とさらに1時間練習。
実技試験当日の木曜日、朝に1時間講習。そのダメ出しを胸に、試験に臨みました。
いや、久々の試験で緊張します。
途中で車が車庫から急にバックで飛び出してきて、一瞬焦ったのですが、速度が出ていなかったのを幸い、すぐにブレーキかけて「お先にどうぞ」と合図。試験官のおばちゃんは「Ooooops!」とか声を上げるので、思いっきり減点かと覚悟したのですが、試験場に戻ってきたら「Good decision ね」ということなので、かえってプラスに評価されたようです。
結局、縦列駐車のテストはなく、1点の減点も無い満点で実技試験を終了、無事に運転免許証を手に入れました。ほぉぉ。今夜は祝杯っ!(笑)


虹の向こうのどこかずっと高いところに、かつて子守唄で聞いたことがある国があるという。
虹の向こうのどこかでは青い鳥たちが飛んでいる。鳥達は虹を越えて飛ぶ。じゃぁ、私だってきっと。

ばたばたとあわただしく、家族を巻き込んだ挙句に、ようやく手に入れたハワイの運転免許証。しげしげと眺めては、少し喜びをかみしめています。
この運転免許証に描かれている虹は、それを持つ人の夢への架け橋なのでしょうか。
虹を越えた先に、どんなものが待っているのか。ちょっと楽しみです。

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2008年10月06日

はじまりはいつも雨

マッサージへ行こうとホテルを出たら、先ほどまでの曇り空から一気に土砂降りの雨でした。
タクシーのワイパーも、効いているような効かないような。
ところがスクンビットの通りを5分も走ったら、いきなり陽が差してきました。
雨季のバンコクですが、まだそれほどの雨ではなさそう。
そんな話を懇意の代理店ご夫妻にしたら、つい数日前、お住まいの近くに(住んでいるマンションに?)雷が落ちて、タイ人もびっくりの騒ぎだったそうです。

2週間に当直5回+休日出勤1回、という地獄の日々を何とかやり過ごして、10日間+半日の夏休みに入りました。友人は学会で函館にいるそうですが、そうか、そんな学会があったんだ(笑)。
夏休みの始まりは、いつもバンコク。
ここでホノルル行きのチケットを手に入れて、これからバンコク−成田−ホノルルと飛びます。
ホノルル在住の妹が、母の到着を首を長くして待っているようです。

夏休みと言っても例年9月の末か10月の初めですから、バンコクは雨季です。
2年前に来たときはチャオプラヤー川が氾濫していました。
昨年は、目の前のビルが見えないほどの豪雨。
その割に今回はあまり雨に降られていないのは、まだ時期的に少し早いのか、それともたまたまなんでしょうか。雷の話を聞くと、たまたまかなぁ、という気もするのですが、だとしたら幸運ですね。

昨夜はその旅行代理店ご夫妻と、スクンビット ソイ24にあるレモングラス Lemongrassというタイ料理屋さんで夕食をご一緒しました。
友人達の話、航空券の話、食べ物の話とまぁ、話は尽きないのですが、いつもお心遣いをありがとうございます。PO PIA 美味しかったですね。ピザのような、お好み焼きのような、絶妙の味です。
美津子さん、ハーブティーのレモングラス、ありがとうございました。お腹いっぱいになって苦しかったのですが、ホテルで早速飲みました。なんだか少し楽になった気がする。

今日はホテルのレイトチェックアウトを良いことに、部屋でのんびりウダウダ過ごした後、夕食にタイ人の友人を呼び出しました。
以前書いたことがありますが、13歳でチェンマイからバンコクに出てきた彼女は、かつて僕らが明け方まで飲んで歌って踊って騒いだ飲み屋さんのチーママをしていました。
あの頃は良くバンコクで騒いでいました。週末にバンコクへ飛べば、誰かが必ずそのお店で飲んでいました。最近台湾にはまっている(?)友人は、やはり行きつけのお店に必ず誰か友人がいて、夜中まで飲んでしゃべって楽しんでいるようですが、まさにそれと同じ。日本で会うよりもバンコクで会う方が多い友人もいましたっけ。チーママの彼女も、よく僕らに付き合って騒いでいたものです(お酒が飲めるから? 爆)。
そんな友人達が、1人、また1人とお店に現れなくなっても、彼女がいれば気軽に飲みにいけましたから、ある意味とても貴重な友人でした。
月日が流れ、彼女も30台半ば。きっと今までに沢山の、僕らが想像できない日々を過ごしてきたのでしょうが、さすがにそろそろ転職を考えているそうです。前に会った時もそんなことを言っていましたが、段々と真剣みが出てきましたから、このあたりが人生を変える転機なのかもしれません。
ただ、少しだけ考えが甘いような気がするのが、ちょっと心配。

はじまりはいつも雨。
でもやまない雨はないので、いつかきっと陽が差します。
あの厚く黒く重たい雲の上は青空だし。
水のトンネルをくぐって、迎えに来てくれる人もきっと現れるでしょう。
彼女のこれからの人生に、幸多かれと祈ります。

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2008年07月27日

はじめての日のように

「これ、美味しいですねっ!」
ソンブーンのスリウォン店で、僕の左隣に座った彼が、「(蟹の)からなしプーパッポンカリー」を食べたときに、思わず声を上げました。

連休の日曜日、古くからの友人たちがなぜかバンコクに集まり、航空券ヲタ話をしながらちょっと昔を懐かしんでいました。
そこに1人、まだ20代半ばの男の子(子か? 笑)が、職場の先輩に連れられてやってきました。
バンコクは初めて、という彼。昼は王宮だのワットポーだの、市内の観光をしていたようです。そういえば最近は、あまり市内観光しないなぁ、と思いながら、彼の話を聞いていました。

様々なカルチャーショックを受けていたようですが、遠い昔、初めてバンコクを訪れたとき、僕も同様のカルチャーショックを受けたのを覚えています。
ビルと車の渋滞と暑さ。
都会の中に広がる古ぼけて壊れかけた家々。
信じられない物価の安さと給料の安さ。
ソイと呼ばれる路地で所在なさげにタバコを吸う男性。
後姿はコカコーラの瓶を思わせる女性たち。
子供たちの屈託の無い笑顔。

ちょっと昔の日本のような。
これがアジアだ、と言われたら、そうなんだろうなぁ、と不思議な感覚にとらわれました。

僕の職場の後輩君は、「そんなにイイなら、一度連れて行ってくださいよぉ」と言って、一緒に旅をしました。いまや彼のほうがどっぷりタイにはまっています。

かれこれ10年近くの付き合いになるタイ人の友人は、13歳のときにチェンマイからバンコクの花街に売られてきました。
たくましくもけなげに(?)したたかに生きている彼女は、今でも妹たちの学費や生活費の面倒をみています。
それを自己犠牲と呼ぶのは簡単だけれど、おそらく彼女の中に自分が犠牲になっている、という思いはそれほど無いような気がします。
そんな彼女の生き様も充分カルチャーショックだったのですが、いつのまにかすべてをマイペンライと受け入れている自分がいます。
1人で夕食とるの寂しいな、と思うとき、いつでも電話1本で付き合ってくれる関係は、いつまで続くのでしょうか。最近、バンコクの収入の安さに悩んでいて、アメリカへ行こうかと考えているそうです。でも、アメリカの物価は、バンコクからは信じられないほど高いんだけどな。

いつのまにかバンコクにはスターバックスができ、ベタ甘のコーヒーを飲まなくてもすむようになりました。
時の経過は、この街にも確かな変化をもたらしています。無くなってしまったお店だって少なくない。デパートには高級品が並んでいます。

それでももしかしたら、この国には変わらない何かが、脈々と受け継がれているような気がします。
それは僕が感じているものなのか、それとも大きな勘違いなのか。
はじめて訪れたあの日からくりかえし感じてきたこと。経験したこと。

懐かしい顔ぶれが揃ったのを見たとき、その場にいない友人たちを想いました。
もはや自分が青春の中にいる、とはいえなくなってきたこの頃、スタバのブラック・コーヒーを飲みながら、かつてこの街で繰り広げられた青春時代を思い返していました。

でも、この街はやっぱり僕にとっては、過去ではなくて、今なんだろうな。現在進行形で動いているように思います。
はじめてこの街を訪れた彼も、こうして僕らのようにこの街にひかれていくのでしょうか。いつか、はじめて食べたプーパッポンカリーの味を思い出して、感慨にふけるのかな。
またこの街で会えるのを楽しみにしています。

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2008年05月19日

悠久(とわ)なる島

夕食前の腹ごなし、と国際通りを牧志からぶらぶらと歩いていた途中、澄んだ女性の歌声に足が止まりました。
海人のTシャツなどを売っているお土産屋さんの店頭。CDプレーヤーから繰り返し流れるその歌に惹かれて、しばし聞き惚れた後、店員さんに尋ねてみました。「僕の知り合いが歌っているんです。エリチハといいます。」初めて聞く名前でしたが、何だかとっても心に染みる歌でした。CDを尋ねると、金城(かなぐすく)という居酒屋にあるかもしれない、とのこと。早速、貸切開店準備中のお店を訪れましたが、残念ながら、活動休止に伴ってCDも全て売り切れてしまったとのことでした。
千葉に戻ってきて検索をかけまくり、どうやらその歌が「悠久(とわ)なる島」という、出身の伊是名島を歌ったものらしい、と分かったのですが、どこかでCDが手に入らないものでしょうか…
歌の一部はここで聴けるのですが。涙が出そうなくらい、とても素敵な歌です。


さて、というわけで、この週末は沖縄でした。
このところ仕事でストレスが沢山なんでしょうね。この2週間、耳の聞こえが悪くて、受診した耳鼻科では見事な感音性難聴。教授から、「ストレスだろうねぇ。誰かにいじめられてない?(笑)」と言われました。えぇと、心当たりはありますが(爆)。
ストレスには休養が一番、と、当直明けの土曜日、昼の飛行機で沖縄に飛びました。午前中に現地入りしている友人2人と合流して、思いっきり羽を伸ばしたのでした。

今回は(今回も?)大衆食堂食べ歩きなんですが、高江洲そばからはじまって、ルビーに三笠、富士屋、とどめはジャッキーステーキハウスとまぁ、よく食べました。超満腹状態なのに、さらに帰りの機内食も食べたし(爆)。
日曜には、沖縄タッチの古い友人も合流して、瀬長島で離陸する飛行機を眺めながら、ちょっと冷たい海に足を入れて一遊び。引き潮の向こうには、本当に綺麗なエメラルドグリーンの海が広がっていました。
そういえば、久しぶりに潮の香りをかいだ気がします。

「ちゃんぽん」といえば「長崎ちゃんぽん」なのですが、沖縄のちゃんぽんは、とろっとした卵で野菜をとじた、あんかけご飯風。お店によって微妙にバリエーションが違うようですが、富士屋で友人が食べたちゃんぽんは、味見させてもらいましたが、美味しかったなぁ。
サムズ・バイ・ザ・シーにステーキ食べに行こうと思ったのですが、夜中に寄ったdarl bar?(ダールバー)のバーテンダーさんに、「ステーキなら、東町のジャッキーですよ〜」と教わり、方針変更。でも友人たちは、ちゃんと知ってました、このお店。さすがですね。250g のステーキ、美味しかったです。

毎回必ず寄る、おもろまちの大きなスーパー、サンエーでは塩もずくが 450g で 298円 安っ!(笑)
愛用の、シークワーサー入りもずくのたれと一緒に、大量に買い込みました。ついでにタコライスの素も。
買い込みすぎて持ちきれず、結局エコバッグも買っちゃった(爆)。

バタバタとのんびりと入り混じった、一見あわただしそうな1泊2日の旅でしたが、あの「嵐を呼ぶ男」が直前不参加決定だったためか、天気は良く、昼間は暑く、しばし南国を満喫できましたから、リフレッシュ目的としては上出来でした。
たまには、こんな週末もいいかなぁ。
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2008年04月15日

旧友再会

何度訪れても新鮮な発見があって、何度訪れても飽きることが無い街。
この条件の街は必ずしも都会、というわけではないのでしょうが、都会はやはり変化が早くて大きいから、刺激的ではあります。でも変わらない良さ、というものもあって、うつろい行くものと、変わらずにあるものとのバランスが、その街の魅力を作るのかもしれません。
京都がそうですが、博多もまた、僕にとってはそんな街の1つです。

友人の日記に「誰か遊んで?」とコメントを残したら、その友人のお旦那様からメールが来ました。とんとん拍子に話が進んだら、「やっぱり」のもう1人も登場して、かくして「男3人ちょっとうまいもの、つまもう」の会が発足したのでした。
メインは、実は最終日(日曜日)の夕方。でもせっかくだから(?)初体験ものも、と欲張りまして、それぞれ強引に予定を合わせ、初日(土曜日)の夜、お店集合。

10年以上前にかなりのブームがありまして、確かに新宿で食べた記憶があります。デートで(笑)。あの時はしょうゆ味でしたが、今回はみそ味です。
いや、ほんと、確かに濃すぎず、かといってあっさりもしていなくて、濃厚なもつ鍋、堪能しました。最初の1口で、思わず3人、のけぞりました。4人前に2人前追加、さらにちゃんぽん玉(さすがに1つを3人で分けましたけど)まで、思いっきり食べ過ぎましたね。でも美味しかった。
冷えてきたお鍋に浮かぶ白いものを見たとき、試しにコシコシとこすってみたんですが、やっぱり脂なんですね。う〜ん。
もつ鍋は夜でしょう、と言ったのですが、やはりコレ、昼だの夕方だのには食べられない気がします。
食後は腹ごなしに歩くのかと思ったらタクシーだったので、ホテルに戻ってそのまま隣のコンビニまで、黒烏龍茶買いに行ったのですが、後でお旦那様も同じ行動をとったと聞いて、2人爆笑したのでした。
翌日の研究会で、博多の先生に「夕べどこ行ったの?」と聞かれ、「おおいし 2号店」と答えたら、ちゃんと知ってました。本店の方でしたけど。

日曜日のメインは、こんなところにお店があったんだ、という上川端通り商店街の中のお寿司のお店。「天勺」って何て読むのかなぁ、と一瞬悩んだのは内緒です。
博多川を眺めるカウンター席に陣取り、美味しいお刺身を堪能して、限定ものの焼酎に舌鼓を打って、最後の握りまで、しっかり楽しみました。
うん、このお店、いいね。定宿からすぐ、というのも素敵です。
17時の開店と同時に押しかけたので(誰でしたっけ? これがホントのカイテンズシ とか駄洒落飛ばしたのは)、ネタも充分、お店も落ち着いていて、時間帯としてはベストだったかもしれません。
帰りの飛行機、乗れそうも無かったので1便遅らせましたけど(笑)。今回は羽田から「お大尽」だったので良いのですが、終電を気にしなくちゃいけないときは、ちょっと綱渡りですね。
次回は、着いた初日にするのかなぁ。

男3人での旅先での食事というのも、なかなか楽しいものでした。
女性がいない分、3人の距離が近かった気がします。
人数的にも、この辺から、せいぜいプラス1あたりまでが、丁度良いのかもしれません。
四方山話に花が咲いて、男ゆえに抱える悩みを共有して(?)、気心知れた友人と飲む酒はうまかった。気持ちよく酔っ払ったなぁ、と思いながら、空港に向かいました。

またやろうね。

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2008年03月24日

再会

スクンビットのソイ24を曲がり、タクシーの一群をやり過ごしながら歩いていると、向こうから何となく見覚えのある女性が歩いてきました。ちょっと気になって顔を眺めていたら、向こうもこちらに気づいて「あ〜 先生っ!」 長く僕の外来に通っていた男の子のお母さんでした。気づいたらその後ろで、これも何度となくお会いしたお父さんがニコニコ。
「せんせっ! 久しぶりですぅ〜っ! ご旅行ですか?」 ハイ、 Weekend Holiday です。
聞けば来月バンコクに戻ってくる予定で、家を探したり、子供達の日本人学校の手続きをしたりで来ているのだとか。
お母さんは本当に日本語がペラペラな色白のタイ人で、お父さんはいつもバリッとスリーピースのスーツを着て来院される日本人。どんな仕事をしているのか一度も尋ねたことはなかったけれど、バンコクで仕事ができるわけなんでしょうね。お母さんは子供達の手が離れてから、成田空港のフードコートにあるタイ料理屋さんで働いていました。後輩君の出国を送って行きがてら食べに行っては、しばしば何かしらおまけをご馳走になっていました。

バンコクは都会です。これだけ人の多い街の中でバッタリするのは、とても不思議な偶然でした。
ソイ24は、初めて訪れた場所です(入り口までは何度か来たことがありますが)。昼前に帰りのチケットをピックアップに行った、いつもバンコク発券でお世話になっている、もう7年半のお付き合いになる旅行代理店のご主人に、ヘッドトリートメントのお店を教わって、訪ねる途中でした。
本当に小さな偶然の重なりが再会につながるのでしょうが、もし僕がBTSに乗り損ねていたら、彼らが道の反対側を歩いていたら、こうして出会うことはなかった。そう考えると僕らは、日常の中で、気づかないだけの沢山のすれ違いを経験しているのかもしれません。あるいは出会うということは、何か見えない力に導かれているような、偶然という名の必然があるのでしょうか?


今回のバンコクは、出だしからつまづいてばかりでした。
京成を降りた先のIDチェックで、パスポートの有効期限が今年の5月8日だったことに気づきました。あらぁ。もしかしてパスポート条件、満たしていないかも。チェックインの時に聞かなければ良いのに、思わず尋ねてしまいました。「本当は残り有効期限6ヶ月ですね。でも短期滞在なら、何とかなるかもしれませんね。台北とかだと厳しいんですけど。」 う〜ん、マイペンライで通るのかしらん。ダメもとで行ってみることにしましょう。
さらに、イミグレを抜けてANAラウンジに向かう途中のどこかで、4輪キャスターの1個がもげているのに気づきました。チェックインのときは問題がなかったから、動く歩道のどこかでもげたんでしょう。出国してからだと鞄の修理なんて無理です。新しい鞄を買う時間もない。諦めてそのままバンコクに飛びました。

バンコクが近づくにつれ、少し緊張する自分。でもまぁ、もし入国できなければ、それもまた経験かなぁ。帰りのチケットは E-ticket だから持ってるし(でも出発日変更できるのかなぁ)、代金は後で振り込めば良いかなぁ。とりあえず、別室送りになったら頼み込んでみよう。そう覚悟(?)を決めました。
イミグレでは、愛想の良い若いお兄ちゃんの列に並びました。いきなり入国カードがつき返されたので一瞬あせったのですが、「ここ、サイン。」 あ、そうだ(^^;) 係官はパラパラとパスポートをめくり、沢山のタイ出入国スタンプを見て、「タイビザ?」 ノービザ。3日間の滞在。そう答えたら、笑いながらスタンプをポンポン。それを見てほっと力が抜けたのでした。

入国後はいつものように、そのまま出発階にあがって、外で客待ちをしているタクシーに乗りました。いや、本当はこれ、違反なんですが、まるで出迎えを予約していたかのような態度をとっていると、まぁ大体問題ないあたりが、やはりバンコク。
でもこの運転手さん、スクンビットへの高速の分岐点を間違えて、結局あちこちウロウロしてます。おまけにソイ19がどこかも今ひとつ分かってない。なんだかなぁ。
こうしてドタバタしながらたどり着いた定宿は、どうも前回と同じ部屋をもらった気がしました。何となく狭いんですよ。キングサイズベッドなのに、1人がけのソファーしかないし、窓から見える風景は前回と同様。後でチェックしたら、やはり前回と同室。ふぅん。

なんというか、アップダウンの激しい旅でした。
着いた日はもう深夜なのに、先乗りしている友人と連絡を取って、カオマンガイ(鶏スープで炊いたご飯の上に、ゆでた鶏をのせたもの)を食べに行きました。ラチャダーのソイ・ナトーンを左折、突き当りを右折、その突き当たりに並ぶ屋台の1軒。まわりはタイ人だけです。確かにこんなところまで、ふつーの日本人観光客は来ないでしょうね。ディープな友人です(笑)。カオマンガイもですが、ついてきた鶏の足輪切りの鶏がらスープも、大変美味でした。
コーラ1本を2人で分けて、カオマンガイ2つ、全部で60バーツちょっと(約200円)というのは、さすがバンコクの屋台です。
翌日以降食べまくったカオクルックカピ(前回はまった、まぜご飯)も、お店ごとに微妙にトッピングが異なり、堪能しました。
最終日の夜、件の旅行代理店ご夫妻と一緒した、スクンビット ソイ24のレモングラス Lemongrass での食事もとても美味しかったのですが、メニューの3番目「ポーピア」は、「ポーピア・トード」とは別物ですよね?? ご馳走するつもりがご馳走になってしまいました。深く感謝です。

こんな感じで食に関してはかなり楽しんだのですが、最近行くようになったタイ古式マッサージ屋さんは、今回は大はずれでした(上手な人が仕事中だった)。でも翌日久々に行った有馬温泉本店(本店なの? ソイ・サリカフェ、正しくはソイ・スリウォンプラザというらしいソイにあるお店)では、まぁそつの無い、割と上手なおばちゃんにあたりました。
お土産にいつもの「オリエンタルホテルの Preserved Pineapple (vacuum fried)」を買おうと思ったら、いつもの伊勢丹にお店がない。お店のあった場所は、ジム・トンプソンズ・カフェに化けてました。
あらぁ。どうしましょ。「いつも」じゃない状況に少し困惑。伊勢丹インフォメーションのお姉さんは、サイヤム・プラザにある、というのですが、それってどこ? 困ったときの美津子さん頼みで電話をすると、サイヤム・パラゴンにお店があるのを確認してくれました。いつも感謝です。夕食のお約束があったので、とにかく BTS 使って移動して、広い店内を走り回りましたよ。で、結局待ち合わせをしたエンポリにもあったんですね。今度からはエンポリで買います。

携帯電話の 1-2-call は、ワーテーの AIS までプリペイドのリフィル(リチャージ)に行ったら、とってもカワイイ女の子が今月一杯のプロモーションを教えてくれました。「Toll San」というそのレート、最初の1分が3バーツ、以後1分1バーツだそう。今の僕の契約レートを聞いたら、何だか無茶苦茶高かったので、即座に変更しました。通りでちょっと話すと、すぐ25バーツとか掛かっちゃうわけです。高いと思ってましたが、プリペイド携帯はこんなものかと思ってました。今まで随分損してました? 1500バーツのリフィルで、携帯電話の有効期限は12月に延びました。

帰国時の空港では、3輪になってしまったバッグを転がすのに、本当に汗をかきました。もう絶対にシャワー浴びないと、気持ち悪くて仕方がない。でも、ラウンジでふと思いついて頼んだシャワーに無事ありつけて、汗を流してすっきり&長袖シャツにお着替えができて、とても助かりました。

美津子さんには、「GOさんはいつも帰国日にバタバタしてるわよね〜」と笑われたのですが、違います。今回は「最初から最後まで」バタバタしてました(爆)。唯一のんびりしたのは、お昼までウダウダ寝ていたホテルだけだったりして。
それでも、確かにリフレッシュしたひと時でした。

ほんのひと時の安らぎですが、日本とは全く違う「非日常」を持ち込んで過ごすと、心からほっとします。
多分、バンコクの猥雑さと人々の笑顔が、より効果を高めてくれるのでしょう。それに加えて、多くの思い出? 居心地が良いのは、楽しかった思い出が多いからかもしれません。
この街で暮らしているはずの、沢山の「最近会わなくなってしまった人たち」に、いつかまた「久しぶりだね」と再会できるのかな、そんなことを考えて飛行機へのゲートをくぐったのでした。

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2008年03月10日

私のお気に入り My Favorite Things

「そうだ 京都、行こう。」というキャッチフレーズは、日本人の心の奥底に眠る、京の都への憧れをたくみに刺激する、名文句だと思います。
東京駅でこのポスターを目にするたび、そのままふらぁっと新幹線口に吸い寄せられそうになるんですよね。
そういえば昔一緒に働いた女医さんは、土曜の昼に「美味しいもの、食べたいねぇ」と言ってたのですが、そのまま旦那様と京都まで美味しいもの、食べに行ったそうです。月曜日にその話を聞いてのけぞったのですが、いつの間にか似たようなことをしている自分がいます(笑)。

3月生まれの友人たちが京都に集まり、美味しいものを食べる会が企画され、弥生の会と名づけられました。睦月生まれの僕は、祝う側。でも、友人たちと美味しいもの食べられるなら、参加決定です。そういえばこのメンバーの多くは、1月に福岡でやはり美味しいもの、食べていませんでしたっけ? あ、僕も?(笑)

土曜の午後の新幹線で、一路京都へ。
今回は金沢から、超強力な晴れ女の参加があったおかげか、土曜も日曜も、暖かく良い天気でした。前回の川床の会の土砂降りが嘘のよう。

幹事のお旦那様&嫁夫妻のおかげで、美味しいもの、堪能しました。
メインの土曜日宴会は、室町(で良いのかな?)の円屋(えんや)。お塩で頂く手打ちのお蕎麦、絶品でした。赤い近江こんにゃく、美味しかったけれど、赤いこんにゃくというのが不思議でした。牡蠣も美味しかったなぁ。
ここで初体験したのが黒七味。なんともいえない香りと刺激で、すっかりとりこになりました。原了郭のものだそうで、日曜の午前に、高島屋の食品売り場まで買いに行きました。でもどうせ後でもう一度祇園まで出るなら、本店で買えば良かった? 創業は元禄16年(1704年)ということですから、300年の老舗です。今回の旅でお旦那様から、創業100年程度ではまだまだ本当の老舗とは呼ばれない、という話を聞いたのですが、時間の流れの違いを実感しますね。「戦後」って、応仁の乱の後のことでしたっけ?

日曜のお昼は Trattoria 花門(かもん)。町家を改装したイタリアンで、名前の由来は「花嫁の門出」だそうです。ここも趣があって、京都盛り(ポーションが少ない?)ではありましたが食事も美味しく、楽しい時間を過ごしました。
名前の由来通り、結婚披露宴が行なわれていました。

食事のあとは、やはり町家を改装した Robinson(ロビンソン)烏丸でお茶をして、一同解散。いや、本当によくおしゃべりしましたね。
ハートショップ(お店の名前も、これで良かったんだっけ?)へ行く、という女性陣と別れ、僕は四条通から、錦市場・八坂神社・ねねの道・三年坂(産寧坂)を通って清水寺まで。
さらに久しぶりに拝観料を払って、清水寺にお参りをしました。
お旦那様嫁から、「清水寺行くなら、地主神社行ってね〜」と言われてましたので、ここもちゃんとお参りしました。はい、非常に有名な縁結びの神様です。
珍しくおみくじひきました。「半吉」だそうです。なんと言うか、どこまでも煮えきらず中途半端なヤツです(笑)。おみくじは持ち帰らず、結んできました。かわりにお守りを(爆)。いや、ひたすら前向きに(更爆)。
音羽の滝もまわって、本当に久々に、ゆっくりと歩きました。
少しは善男になれたでしょうか?

帰りの新幹線は、新しくできた N700系。グリーン車を奮発して、乗り心地の良さを堪能しました。
1泊2日の旅でしたけれど、かなりリフレッシュできました。

そういえば、「私のお気に入り」三年坂は、石畳から味気ないアスファルト舗装になっていました。工事中なんでしょうか? それとも本当に転ぶ人が出て、石畳をやめたのでしょうか?
趣ぶちこわしの、かなり悲しい状況になっていました。
次に訪れたときは、もとの姿に戻っていると良いのですが…

お世話になった方々、楽しい時間を共有してくれた方々、ありがとうございました。
今度は、どこかな?
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2007年10月23日

イマジン Imagine

カイロで一番美しい、というモスクは、ムハンマド・アリ・モスクと言いました。小高い丘に立つ、イスラム教の軍が砦として使った城塞(シタデル)の中にあり、ムハンマド・アリ朝の創始者、ムハンマド・アリの霊廟もあります。
いや、最初、このムハンマドを、イスラムの創始者モハメッドと勘違いしたんですが、この預言者がエジプトに眠っているとは思えなくて、勘違いに気づきました。
ムスリムには、ムハンマドという名前、多いですよね。僕らのツアーコーディネーターも、ムハンマドさんでした。

さて、サリーという名前の、魔法は使わないけれど日本語を上手に操る、年齢不詳の美人なガイドさんは、僕らをこのモスクの中の正面(ミフラーブという、メッカの方角=キブラを示す壁のくぼみ)に案内して、メッカの方角を見ながらすわり、ゆっくりと解説を始めました。
イスラムの教えについて、5行(信仰告白、礼拝、喜捨、断食、巡礼)について。
イスラムの教えでは、決して人を殺してはいけない、とされているのだから、今世界の各地で起きているイスラム教徒によるテロは、決して正しいわけではない。ムスリムも、キリスト教徒もユダヤ教徒も、本当は同じことを願っているはず。でも、なぜアメリカはムスリムを目の敵にするんだろうか。そんなことを一生懸命に説明していました。

そういえばエジプトは、スンナ派が多いんでしたっけ。中東はシーア派ですね。
1人1人はみなとても優しい。ごく普通の人は、ムスリムだからと言って、声高に反アメリカをとなえるわけでもないし、反イスラエルをとなえるわけでもない。でも、だから何も感じていないのか、と言えばそうではないわけで、観光で暮らす国エジプトとしては、本音と建前があるのでしょうか。
このあたり、かなり勉強不足だったなぁ、と痛感しました。
彼女が「分かってほしい」と訴えたことの、どれだけを理解できたのでしょうか。


宿泊は、ラムセス・ヒルトンでした。
旅行社手配のツアー設定ですから、あまり効果は無いかな、とは思ったのですが、チェックインのとき、ヒルトンのゴールド会員カードを出してみました。そしたらフロントマンは「ゴールドメンバーのチェックインはあっち」と、ヒルトンHオーナーズ用のカウンターを指差します。
そこでは、旅行社手配だからポイントはつかないが、VIPなのでジュニアスィートにアップグレードする、と提案されました。
確かにコーナースィートなんですが、部屋の広さは、本来のナイル・ビューの部屋とどちらが広いんでしょう。

朝食付きですから、チェックイン翌朝、レストランに行きました。
母が「ナイル川の見える窓側が良い」というので、ボーイさんに窓側の席をリクエストしたのですが、にべもなくレストランの奥の方のテーブルに案内しようとします。
母のリクエストに従って、もう一頑張り、今度はちゃんとスーツを着たホテルマンに、ジュニアスィートの部屋番号を示しながら交渉したところ、先ほどのボーイさんに「窓側の席、いいよね?」と交渉してくれました。不承不承案内しながら、それでも窓側から1つ奥のテーブル。
やれやれ。

ところが最終日の朝、2度目のレストランでも、やはりレストランの奥の方のテーブルを示されました。なんとなく、同じボーイさんかな?
でも、窓側のテーブルは全て空いているんです。別段「予約席」とも書いていない。
「窓側がいいな」というと、「ここは他のグループの席」という回答。
「それじゃ、あっちの窓側は?」と提案すると、彼は「窓側はアメリカ人のエリア。日本人はあっち」とレストランの奥を指差します。
瞬間に頭に血が上ったのですが、えぇと人種差別って英語でなんて言ったっけ、と逡巡した一瞬、すかさず妹が "Discrimination!!" と声を荒げました。そうそう、そう言うんだった(苦笑)。

日本人は大人しい人種だと思われているんでしょうね。確かに周りにいた(奥のテーブルに押し込まれた)日本人たちは、「なぁに? あの人たち」という顔をして僕らを見ていました。
2人がかりで、声を荒げて抗議をしたら、一瞬たじろいだボーイのおじさん、「えぇと、喫煙席と禁煙席、どちらがいい?」と尋ねた挙句、「ここは他のグループの席」と言ったテーブルに案内しました。

さぁ、腹の虫がおさまらない。
チェックアウトしたとき、フロントマンに、「レストランで差別を受けた。抗議をしたいからマネージャーを出せ」と詰め寄ったところ、Duty Manager に案内されました。
会うなり「レストランで人種差別を受けた。強く抗議する。怒ってんだぞ」と、かぁぁぁなり強い口調で文句を言ったところ、ちょっとたじろいだマネージャーは愛想笑いを浮かべながら、「じゃ、レストランマネージャーに会わせるから、問題を検討しよう」とおっしゃる。
フロントからレストランへの移動途中、Hオーナーズのゴールド会員だと知るなり、少し慌て始めるマネージャー。
「この差別は Hotel policy なのか? 日本に帰ったらヒルトンにレポートを出す。旅行代理店にもレポートを出す」という僕のクレームに、妹がさらに同調する。
「違う、違う。ホテルの方針のはずが無い」と慌てる Duty Manager。

レストランマネージャーは、「差別なんかしてないよ〜」と最初はのんきだったものの、Duty Manager が「でも、アメリカ人のエリアだって言ったんだろ?」と詰め寄るので、段々慌て始める。あの、もしかしてお2人、仲悪いんですか?(苦笑)
最終的に2人の謝罪と、今後このようなことが無いよう、きちんと教育をする、という提案を受け入れ(というか、妹が「教育すべきだと recommend する」と言ったのを受けた回答だったけど)、一件落着。
でも、本当にレストランのサービスは改善されたんでしょうか。やっぱりヒルトンにレポート出してみるかなぁ。

抗議している最中にも、大人しい日本人は、レストランの奥に押しやられていたような気がするのですが。
久々に受けた差別でした。
差別を受けるって、本当に悲しいよね。だから自分だけは差別しないように、と心を配っているつもりですが… 実際はどうなんでしょう。


エジプトからドイツに戻り、日本に帰国する当日。
飛行機は夜に出発でしたから、ほぼ1日時間があります。
母と事前に打ち合わせた通り、行きはドイツ国鉄(ICE)で、帰りはルフトハンザで、ベルリンに「壁」を見に行きました。

久々のベルリンは、すっかり初冬の装い。風は冷たく、道行く人はみなコートを着ています。
そんな中、ベルリン中央駅からタクシーでブランデンブルク門へ。
ベルリンの壁が崩壊したとき、人々がこの門に殺到して喜びを分かち合っているのを、リアルタイムで見ました。

ひとしきり門を行き来して、当時を思い返した後、少しはなれたところにある「トポグラフィー・オブ・テラー」へ。ここは僕も初めての場所でした。
かつてゲシュタポの本部があり、数々の拷問が行われた場所。のちにここにベルリンの壁が築かれ、現在も残っています。
展示されている、ナチスに関する資料その他を読む時間は無かったけれど、多くの人命と涙の上に東西を無残に分断した壁には触れました。家族を引き裂き、少なからずの悲劇を起こしたこの壁は、思ったよりも薄くて、それがまた悲しかった。こんなコンクリートの板1枚で、人の想いは簡単に分断されるんですね。
国境とか言葉とか宗教とか歴史とか、「異なる」ことを受け入れられない人々を思いながら、いつかみんなが1つになれたら良いのに、と心から願いました。
ギクシャクしながらもEUは存在しているのですし、いつの日か全ての人がこの星を分かち合い、平和のうちに暮らすことができる。そう想像することが最初の一歩なのかもしれません。

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2007年10月20日

ナイルにて ―夢の碑文(いしぶみ)―

母なる川、はるか悠久の古(いにしえ)から流れるナイルは、イメージとしては大草原の中を、とうとうとたゆとうはずだったのですが、さすがはカイロ。エジプトの首都ですから、川の両側はビルと護岸におおわれていました。
もちろん例えばテーベの都(ルクソール)とかアスワンとかに行けばイメージに近いものはあるのですが、氾濫により肥沃な大地を育んだ川の本当の姿は、観光客にはそう簡単に眺めることができないのでしょうか。もし次の機会があるなら、泊りがけのナイルクルーズをしてみたら、分かるのかもしれません。

ギザのピラミッド群は、想像以上のものでした。
何度となくテレビで見ていますから、ある意味で見慣れた姿ではあったのですが、これを人の手で作り上げたという事実は、現物を前にすると、偉業という一言では片付けられない迫力を持っています。
すごい。
しかもそれが4500年を経て現存するのもすごい。
永遠(とわ)の生命を求めて生まれた時の都で、復活を願ったファラオと民衆の心を思うとき、生きると死ぬの境界はどこにあるのか、時の流れは何をもたらすのか、妙に哲学者になってしまう自分がいました。
ダハシュールの赤のピラミッドやサッカラの階段ピラミッドも、砂漠の中にぽつんと建つその姿が印象的でした。

ギザのピラミッドの横にマクドナルドがある、と聞いていましたが、これはちょっと間違い。
でもピラミッドのある丘のふもとまで、街は迫っていました。砂漠のど真ん中、というイメージはもはや当てはまらないのかもしれません。
通るものに謎かけをしたスフィンクスが眺めているのは、メンフィスでもテーベでもなく、実はケンタッキーフライドチキンなんだ、というのは今回のガイドさんに教わったジョーク。確かに(笑)。

エジプト考古学博物館で見たツタンカーメンのマスクは確かに美しいものでしたが、このマスクを含めてファラオの顔姿を見るたびに、ジャイアントロボを連想する僕は、どこかネジが狂ってるんでしょうか(苦笑)。分かる人には分かると思うんだけどなぁ。ぼそっとしゃべったら、同行した妹には大うけしていました。

安置されているミイラ群は、会えることは素晴らしいのですけれど、時を経て観光客の好奇の視線にさらされることが、望んだ永遠の生命なのか。眠りを邪魔しているような気がして、眺めているこちらには、若干の後ろめたさがありました。「蝋化」なんていう法医学で学んだ知識が、頭の中を駆け回ってもいました。

一方で彼らの墓所である王家の谷は、吉村作治先生が情熱を燃やすのも分かる、不思議な感動を味わいました。
ヒエログリフが色つきで残っているのもすごかったけれど、この谷にこれだけの数のお墓があるというのも、実際に目にすると驚きです。自然の侵食で、まるでピラミッドのような形になった丘の頂は、ここが神聖な場所であることの象徴なのかもしれません。
きっとここに情熱を燃やす多くの人たちの努力で、さらに最新科学の助力で、これからも新しいお墓が見つかるんでしょうね。

ルクソールのカルナック神殿、聖なる池のそばには、スカラベ(糞ころがし)の大石像がありました。
左(反時計)回りに像を3回まわると幸せになり、5回まわると願い事がかない、7回まわると結婚できる、ということでしたから、もちろん7回まわってきました。お願いね(笑)。

飛行機は車椅子のリクエストを出していましたし、エジプトツアーは結局我々だけの個人ツアーとなりましたし、ハワイ在住の妹が同行してくれましたので、母としてはとても楽で、楽しい旅だったようです。
行く先々でハネムーナーに出くわしましたが、まぁこれはご愛嬌。
もしこの次に、今度は違う形で来ることがあるなら、月の砂漠をらくだで歩いてみるとか(ギザでちょこっと乗りましたけど)、先述のナイルクルーズとか、また別の楽しみができるのかもしれません。
ゆるやかに大空を紅く染めながら、おだやかに夕陽が沈みゆく地平線を眺めてみたい。
とりあえず帰国したら、「王家の紋章」読み返してみなくちゃ(爆)。
あ、ヒエログリフ描く定規、買うの忘れた…
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2007年10月15日

バンコクは雨でした。
それも、先日沖縄で経験した「どしゃ降り」なんていうもんじゃなくて、時々南国で経験するスコールとも違って、バケツをひっくり返したような豪雨。雨は冷たいけどぬれていたいの、とか言えるような状況じゃありません。ホテルの窓から外を眺めると、道路を挟んで向かいのシェラトンが雨のカーテンでかすんでいます。ちょっと先のビルなんて、もう見えないんですよ。くわえて、ときどき、ピカピカ・ゴロゴロ。
何度かバンコクの雨季を経験してますけれど、改めてすごいなぁ、と驚きました。バンコク郊外では洪水もあったようですが、そういえば昨年の同じ頃訪れたときは、BTS(スカイトレイン)サパーン・タクシン駅周辺で、チャオプラヤー川があふれていましたっけ。

昼間なのに真っ暗な外を眺めていると、もうどこに出かける気力もなくなり、この日曜日はレイトチェックアウトをリクエストしていたのを幸いに、結局チェックアウトギリギリの16時まで、部屋でウダウダしていました。
…と書くと、どうせ遅くまで寝てたんでしょ、という声が聞こえてきそうですが、今回は(今回も?)、確かにそうです(笑)。起きたの午後1時半でした。
前夜、飲んで帰って、ふと Norton Internet Security の更新有効期限が切れているのを思い出し、何気なく、すでに購入ダウンロードしていた 2008年版をインストールしようとしたら、思いっきりハマりました。
旧バージョンを削除したり、なぜかインストールの記録だけ残っている(でもレジストリはきれいなんだけど)旧々バージョンの削除に苦労したり、挙句はようやくインストールできたのに、Norton アカウントにアクセスしたら「更新期限切れ」と警告出ました。あのなぁ、今新規に最新版をインストールして、なぜ更新期限切れなんだ?? ヘルプと google 使いまくって、これをまともな状態に直すのに2時間かかりました。で、寝たのは朝の5時。
睡眠時間としては、割とまともでしょ?(と開き直ってみる)
もう最後の方は、Norton を呪ってました(笑)。でもなぜか、他のソフトに乗り換えられずにいます。

ボーとした起き抜けの頭を、とりあえずのシャワーですっきりさせて、ワーテーに 1-2-call(タイの携帯電話) のリフィル(リチャージ)しに行かなくちゃぁ、と思ったら、上述の豪雨。
それでも晴れ男の面目躍如(?)で、チェックアウトしたら雨はあがっていました。
ワーテーでお昼食べて、AIS で 1-2-call にリチャージ。ここだと 1500バーツのリフィルが可能で、これだと有効期限が200日延びます。800バーツだと100日。国際電話で残高が減っていたので、1500バーツのリフィルを選択して、有効期限は来年5月中旬に延びました。まぁ5月までにはまた1〜2度、バンコクに来るでしょう。

そういえば、友人のつるるんが mixi の日記に書いていたカオクルックガピ。
これ、今回まで食べたことありませんでした。というか、存在そのものを知りませんでした。
土曜日に行った旅行代理店の奥様も、ご存じなかった。でも代理店のタイ人のおばちゃんは、「おいしいのよぉ〜」と嬉しそうで、どうせ発音が悪くて通じないだろうから(まぁその通りです)、と、そのおばちゃんがタイ語で書いてくれました。はい、これが活躍しました。
代理店を後にして早速、シーロム通りロビンソン近くにあるS&Pでまず1食。メモを見せるだけの注文ですから楽ちん。ホント、美味しいです。唐辛子のトッピングが辛いけど、とても美味しい。はまりました。
その後、ワーテーのフードコートでも食べました。お店によって、トッピングは微妙に違うんですね。
ウェスティン隣のロビンソン地下フードコートにもありましたが、さすがにそのときは別のもの食べました。でもここもトッピングはさらに微妙に違った。
きっと次回も、結構はまってそうです。

雨上がりの街を寄り道しながら、ワーテーからサイアムスクエアへ、さらにマーブンクローンまで歩きました。
雑踏と濡れて歩きにくい足元と、渋滞の車のクラクションにパトカーのサイレン。
なんてうるさい街なんだろう、と思いながら、でもその喧騒が疲れた身体には心地よい。静寂ばかりが癒しではないのですね。現代人のさがなのか。

一方で、この街に1人で来ると、のんびりできるような寂しいような、不思議な感覚に包まれます。かつて多くの友人たちと、夜通し飲んで踊って騒いだ記憶が、切なく思い出されます。もう連絡が取れなくなってしまった友人が何人かいるけれど、みんな元気なんでしょうか。
人ごみの中にいると、かえって孤独感が増す、というのは本当ですね。これだけ沢山の人がいるのに、みんな自分との接点がない、という事実は、1人には辛いかもしれません。人ごみの中で立ち止まっている僕に誰も気づかない、そんな街角。
身体は癒されても、心は癒されないのでしょうか。少しの寂しさを感じながら、ぱらついてくる雨にふっと口ずさんだ歌で、よせばいいのに、そういえば最後に会ったのは雨の中だったなぁ、とか思い出したら、もう胸が締め付けられました。あれ? まだ整理できてなかったのかな。
冷たくていいから、ぬくもりも思い出も涙も流してくれる雨、欲しいなぁ、と思いながらスクンビット通りの交差点に立ちつくしたのでした。

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2007年10月13日

夏休み

ようやく夏(秋?)休みです。

バタバタと仕事が立て込んでいましたが、予定通り約10日間の休みをもらいました。
当直明けの昨日、午前中の仕事を片付けて、医局長会議をぶっちして(苦笑)午後からお休み。
寝不足で頭痛いなぁ、と思いながら、機上の人となりました。

76になる母が、「死ぬまでに一度ピラミッドを見てみたい」とか言いますので、今回はエジプトが最終目的地です。
が、日本からの直行便ですと、エジプト航空くらいしかなくて、さすがにこれをツアーで参加するのはちょっと辛そう。
マイルで行くにはどうしたら良いかなぁ、とか考えて、色々検索をしましたら、ドイツのHISが、フランクフルトからエジプトツアーを出しているのを見つけました。
これかなぁ、と交渉しましたら、本来週末ツアーなんですが、ウィークデイでも手配してくれるそうです。まぁ、仕事だもんね。
ANAのWebでチェックしたら、なぜか15日成田発、20日フランクフルト発の往復ファーストクラスの無料航空券が1席ありまして、これをおさえました。
お母様、ファーストクラスですぜ。いいなぁ。

さすがに僕の分までは取れないので、いつものようにバンコク発のチケットを手に入れることにしまして、今バンコクです。
日曜の夜にバンコクを出て、成田で母と合流してフランクフルトまで。
成田−フランクフルトはアップグレードのリクエスト出していますが、どうでしょうね。

来て気づいたんですが、バンコクは雨季ですか?
天気予報を見ると、連日雨マークついてます。
先ほど起きたんですが、外は曇り。窓ガラスを触っても暑くないところをみると、外は涼しいんでしょうか。
これからチケットのピックアップ(E-ticket ですから、正確にはチケット代金の支払い)です。
そのあとは、友人のつるるんが mixi に書いていた「カーオ クルック ガピ」食べに行ってみたいと思います。

フランクフルトは涼しいんでしょうね。
カイロ・ルクソールは暑いのかなぁ。
麦藁帽子なんて持ってないし、きれいな先生が待っていてくれるわけでもありませんが(笑)、それでも指折り待ってた夏休みですので、堪能したいと思います。

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2007年09月17日

島人ぬ宝

1週間遅れの週末日記第3弾(笑)です。

土曜日は朝から東京駅八重洲南口で、学会の会議でした。
昼前に終わって、お腹がすいた学会の重鎮たちと近くのレストランでしばしの歓談ですが、オムレツをパクついている重鎮たちから「あれ? GOセンセ、お昼は?」の質問に、「いやぁ、近くのお店でカレー食べたい」と答えたら、暖かく爆笑されました。
お食事会がお開きになったあと、丸の内側に移動して、行きました「インデアンカレー」。
友人のべすちんに教わったのですが、確かに不思議な味でした。最初の1口目は甘いんですが、その後じわ〜っと辛くなる。本当に病み付きになりそうに美味しいですね。でも、カレールーに比べてご飯が多いかな。あ、ご飯に比べてルーが少ないのか。次回は「ルーW」ですね。
ハヤシライスでもいいかな。

満足して浜松町経由羽田空港行き。
ANAのラウンジでメールチェックをしていたら、どうも友人のつるるんが同じ目的地に行くようです。電話をかけてみたら、「今、空港からモノレールに乗ったとこ」とのお返事。あ、やっぱりそうなんですね。じゃ、後で夕食ご一緒しましょうね。

そうして数ヶ月ぶりにたどり着いたのが那覇でした。
予想通りに少し蒸し暑いのはまぁ当然ですが、モノレール(ゆいレール)を降りる頃には少し小雨がぱらついていました。前回は「嵐を呼ぶ男」の後輩君と一緒ながら快晴だったのですが、今回は置いてきたというのに、どうしたことでしょう(苦笑)。
牧志の駅で降りて、すぐ近くのホテルにチェックイン。
機内で爆睡したおかげで結構元気は回復してましたから、一休みもそこそこに、再びゆいレールに飛び乗りました。

「おもろまち駅」でつるるんと合流して、向かったのは「首里駅」近くの「あやぐ食堂」。
地元のお客さんで目一杯混んでいました。安くて美味しくて大盛、というあたりが人気の秘密らしいですが、これができればどこでも流行るのは当たり前ですね。今週の「週刊モーニング」連載の「クッキングパパ」でも実名で登場しています。
つるるんは「そば定食」、僕は「ごーやちゃんぷるー定食」。大変美味しゅうございました。
しかし、つるるんの事前リサーチ、なかなかすごいものがあります。
およそ観光客向けじゃないお店なんですけどね。良く見つけてきますね。大満足でした。

腹ごなしの散歩をしてたどり着いたのが、「おもろまち駅」近くの大型スーパーサンエー。シークワーサー入りのもずくのたれだの、タコライスのもとだの買いこんでホテルへ。このスーパー、夜遅くまで開いていて、結構便利です。つるるんは県庁近くの定宿だそうなので、ゆいレールでお別れ。明日はどうしましょうね。

ホテルで同僚の外科のセンセに教わったステーキハウスを検索しました。「サムズ バイ ザ シー 那覇店」。彼が沖縄で仕事をすると、大抵沖縄日赤の先生が連れて行ってくれるそうで、ステーキの美味しさは折り紙つきだったのですが、行ってみようと思ったら、開店は17時。あ、ダメじゃん。
今回は16:45那覇発の飛行機ですから、間に合わないですね。
するとお昼は宮古そばかなぁ、とつるるんと相談して就寝。

目が覚めたら、雨です。しかも結構な雨。
もう、これだけでどこへ行く気も失せてしまいます。
青い空、青い海はどこにあるんでしょう?
つるるんと、お昼は「どらえもん」で宮古そばにしよう、と決めていましたから、電話で待ち合わせ場所と時間を相談。本当に携帯電話って便利ですね。
チェックアウト後適当にホテルのロビーで時間をつぶして外に出たら、雨脚はだんだん強くなりまして、待ち合わせ場所のマックあたりではもう豪雨です。関東なら立派に台風で通りそうな豪雨。やはり南国なんでしょうか、この程度の雨はよく降るんですか?

びしょぬれになったくせに、「マックフルーリー キットカット」など食べていたら、同じくびしょぬれになったつるるんが登場。
「きっとこの豪雨は、置いてきぼりだと文句を言ってる僕の後輩君の恨み雨だね〜」と2人で話していたら、幾分小降りになったので、すかさず「どらえもん」へ。
宮古そば大盛は、これもまた大変美味しゅうございました。
お店は、やはり知らなければ入らない場所にありまして、観光客はいませんでした。

この雨じゃどこにも行けないよねぇ、という点で意見は一致していまして、結局早めに那覇空港へ移動しました。
空港限定のお土産を買いあさってラウンジへ。窓からは先日炎上した中華航空機の残骸が雨ざらしになっているのが見えます。そう言えば搭乗口近くの待合室からも目の前ですから、炎上中は大騒ぎだったでしょうね。

ラウンジで泡盛飲んでインターネットで遊んでウダウダと過ごします。
お酒も飲み物もタダ、インターネットもタダ。下手な喫茶店よりもよっぽど快適です。これでもう少し食べるものがあればカンペキです。
せっかくの沖縄だというのに、どこへ行くでもなく、何をするでもなく午後の時間をつぶし、予定の飛行機に搭乗。慌しく沖縄を離れたのでした。

腹ごなしの散歩をしながらした四方山話で、沖縄に住む? という話題が出ました。
仕事無いよねぇ、というのが答えだったのですが、じゃ、リタイアしたらOKなんだろうか、と2人で考え込みました。
沖縄の産業って、観光と基地のほかに、なにかあるのでしょうか。砂糖きび? 流通の拠点にするという案も昔ありましたけれど、実現はしていないですよね。
島にいられない、と沖縄を離れる若者は少なくないのですが、いつか彼らは故郷に帰れるのでしょうか。
飛行機の窓から見下ろす海は、本当にきれいなのですが、島人ぬ宝は、この青い海や空なんでしょうか。本当はそこに暮らす人、特に若者だと思うのですが、その宝は失われつつあるのかもしれません。


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2007年08月27日

もうひとつの土曜日

空港から市内へは地下鉄で簡単に出られるのが、この街の好きなところです。
いつものようにいつもの駅で降りて、商店街を抜け、陸橋を渡り、ショッピングモールから外に出ると、ホテルの入り口はすぐそこ。
お隣のラーメンスタジアムにはちょこちょこ来てましたが、そういえば、このホテルに泊まるのは久しぶりのことでした。振り返ってみれば、ここ最近は現地滞在7時間程度の日帰りが多かった。

今回は「一休」からビジネスプランで部屋を押さえたのですが、通された部屋は5階の中庭(屋上庭園?)に面していました。「でも、ここから外に出ちゃダメなんでしょ?」と案内してくれたホテルレディに尋ねたら、苦笑していました。まるで出てくれと言わんばかりに、窓は窓と言うよりドアなんですけど。

約束の時間に少しばかりあったので、ラウンジへ移動。シャンパン飲んでぼけっとソファに座っていましたら、ラウンジ担当のとっても美人な女性とちょこちょこと視線があって、そのたびににっこり微笑まれました。
あまり営業的な微笑ではなくて、好感が持てます。
あ、でも視線があうということは、ずっと目で追いかけてたと言うことでしょうか? そうかも(笑)。

約束の時間にロビーに降りると、すぐに友人その1が、程なくその2が登場。京都の川床以来ですね。ちょっとだけご無沙汰でした。
お2人が連れて行ってくださったのが、東京第一ホテルの地下にある磯火焼のお店。あらかじめ頼んでおいて下さった「いかの活造里」は、本当に新鮮でとても美味しかったです。「美味しい海の幸」というリクエストでしたが、少しずつリクエストから外れていきましたね。でもどれもとても美味しくて、それに個室のお座敷というのは、とてもくつろげます。確かに、素敵なお店でした。

2件目はワインバーでした? グラスワインを楽しめるというのは、色々な味を楽しめて好きです。でもあまり長居しなかった気がするのは気のせいですか? 飲んだら飲む「ウコンの力」で盛り上がった気がしますが、ボトルタイプも顆粒タイプも、それぞれそこそこ飲める味だったでしょ?
あ、つまりこのあたりでそろそろみんな、酔いが回り始めたんでしょうか。そうかなぁ。

3件目はこれまたディープな感じのバーでした。
場所だけはしっかり覚えてますから、いつかまた行ってみたいと思います…が、別に1人で行かなくてもいいのか?
夜遅くまで(というか明け方近くまで?)お付き合いくださって感謝です。
不思議と酔わなかった気がします。何だかんだと結構飲んだんですけどね。ウコンの力のせい? それとも話に盛り上がって、酔う暇がなかったのか。

翌日のお昼、連れて行っていただいた定食屋さんも、なかなかの人気店なんですね。平日には行列ができる、というのも納得です。定食と考えたら微妙な値段ですが、内容は充実で満足でした。
そのあとさらにスタバで時間ぎりぎりまで。
最後はなんだか慌しくて申し訳なかったです。

まぁぁ2日間、濃いぃお話のてんこ盛りで、大変楽しみました。
「友人その1」さまから繰り出される、飛行機の話もホテルの話もカジノの話もお馬さんの話も、どれもこれもカンペキなヲタ話でしたが、それについて来る「友人その2」さま、素敵です。あ、でももしかしたら、貴女様も立派なこだわりの方なんでしょうか。類は友を呼ぶんだもんね。
結局ラーメン食べなかったなぁ、と空港に着いて思ったんですが、時間が無くてそのままでした。まぁラーメンはまたの機会があるし、デパ地下でお土産に「ラーメン缶」買ったし…(笑)

そんな楽しい週末を、本当にありがとうございました。
…って、これも1週間遅れ(苦笑)。

この土曜日はうってかわって、秋葉原へパソコンのパーツを買いに行ってきました。帰りはいつものバーで終電まで。
同じ土曜日なのに、同じように飲んでるのに、先週と今週では随分と違うなぁ、と苦笑するばかりでした。
1人で飲むのも好きですが、気心知れた仲間と飲むのも楽しいものです。

また次の機会も、どうぞよろしく。

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2007年06月25日

加茂の流れに

この週末は関西でした。
金曜日に当直して、土曜日昼の新幹線に飛び乗り大阪へ。
帝国ホテルで研究会でした。
研究会の一般演題は、それはそれでとても面白かったのですが、招待講演で登場した池上彰さん(元NHK記者 週刊こどもニュースのお父さん役だったかた)のお話は、なるほど、とか、そうそう、とか、ありゃりゃ、とか、まぁ大変感銘深いものでした。
コミュニケーションの話題だったのですが、子供の発想は、大人の固定観念でははかりきれない柔軟さと意外さがある、という、「週刊こどもニュース」時代の数々のエピソードは、わが身を振り返る大きなきっかけになりました。
小児科医むけに、またどこかの学会で講演してくださらないかしらん。

さて、この土曜日、大阪は蒸し暑いくらいの良い天気でした。
それまでは雨がちの日々だったようですが、梅雨の中休み、といったところでしょうか。
帝国ホテルってのは、大阪にもう1つある、と事前に聞いていたのですが、そのもう1つは本来は由緒正しい(?)ビジネスホテルだそうです。友人の話では。
夜、難波でヘッドマッサージなどうけてあたりをぶらついたら、なんばグランド花月の前に出ました。これが吉本新喜劇の舞台なのね。
お隣でたこ焼きを買って、ホテルで楽しみました。美味しかったぁ。
深夜に友人の襲撃を受けましたが、本当に何年ぶりに会ったんだろう。15年?

翌日曜日は京都で友人たちと夕食会。
上洛記念に、と友人がセットしてくれた夕食会は、加茂川の川床でした。
何度と無く目にはしてましたが、ここで食事する機会なんてないし、もうそれはそれは楽しみにしてたんですが…
日曜日、目が覚めたら雨。もうね、大阪の街はガスがかかって煙ってるんですよ。京都に移動したら、やっぱり雨。昨日の天気はなんだったんだ? というくらい、しっかり雨(涙)。
夜会う友人たちに、雨男・女が多いとは聞いてましたが、そうですか。

グランヴィア京都が早めにチェックインさせてくれたので、ともかく荷物を置いて出かけました。目的地はいつものように清水なんですが、着いたらまぁ、雨だっていうのに、観光客だの修学旅行生だので参道はいっぱいです。
一応は仁王門まで行ったのですが、清水寺には入らず、三年坂まで戻りました。
角の七味屋さんで山椒と七味唐辛子の竹筒を買って、いつもの様に三年坂を下って八坂神社まで。
あたりはすっかりお土産やさんロードになってましたが、古い街並みの風情は、まだそこかしこに残っていました。

でも、雨(笑)。時々強く降ったりなんかして、靴は濡れるし歩きにくいし、思わず途中で人力車に乗ろうかと、真剣に考えました。

八坂神社から加茂川を渡って、四条烏丸で友人ご推薦のタイマッサージを2時間。四条通はアーケードあって嬉しいわぁ。地下道通って行っても良かったんですが、せっかくなので地上を行きました。
でも、祇園町に降る雨は、全然やさしくなかった気がする…

さてそろそろ約束の時間、というあたりで加茂川を左手に下るわけですが、たいした距離じゃないのに雨だとやけに遠く感じるわけです。
しかも途中で雨足が強くなるのよ。

目的のお店は「仙鶴」と言います。京料理の老舗「田鶴」のカジュアル版別館、だそうです。
「田鶴」はすぐ分かりました。でも隣にあるはずの「仙鶴」が分からず、雨の中をうろうろ。結局「田鶴」の受付に声をかけて教えてもらったのでした。
ところで、ホントに高石ともやさんの娘さん(たづるさん)は縁が無いんですか? このお店>京都なかた

あいにくの雨で、川床はさすがに無理でしたが、川床に続くお部屋(ガラス窓とか扉とか無粋なものはなく、本当にそのままオープンで続くお部屋)で総勢6名、わいわいと楽しいひと時を持ちました。
鮎も鱧(はも)も清冽でおいしゅうございました。
加茂の流れは濁流渦巻く、に近かったのですが、まぁ食事と会話が楽しかったから良しとしましょう。

2次会で行ったお隣の「THE RIVER ORIENTAL」のバーも、なかなか雰囲気の良いお店でした。
京都在住の友人の、ちょっと遅めの誕生日をお祝いして、そういえばヴーヴ・クリコのシャンパン、美味しかったですね。
夜遅くまで飲んで語らって、こうしたひと時は何ものにもかえがたい大切な時間です。ゆったりと時が流れていましたね。

今朝、京都を始発の新幹線で発って、東下り。あわただしく「日常」に戻ってきました。さぁ、また一週間頑張りますか。
博多からわざわざ京都まで来てくれた友人2人のうち1人は、やはり新大阪を始発の新幹線で発ったはずですが、残った1人は、きっと嵐が過ぎて天気が良い京都を、今日1日楽しんでいるんでしょうね。

さすがに今回の日記タイトルは実にすんなり決まりました(って、まだやってるの? 歌の題名シリーズ 笑)。
あ、でももしかして、清水から三年坂・八坂神社・祇園コースが好きなのは、この歌の影響なのかな。「三年坂」というライブレコードもありますが。
京都、まだまだ行きたい所がありますが、嵐山まで行ったら「終わっちゃう」から、ここだけは当分行くのはやめとこうかな(でも「始まって」ない、という話もある 爆)。

posted by GO at 15:52 | Comment(4) | TrackBack(0) | 旅行