2013年10月27日

人生の贈り物 −他に望むものはない−

「O先生、亡くなったんだって」
昨夜、久しぶりにお会いした先輩女医さんと札幌の割烹で海の幸を堪能していたとき、彼女がぼそっとつぶやきました。
「私も最近、歳取ったなぁ、と思うのよ。何歳まで働こうか、ちょっと考える。」

先日の学会で、仲の良い東京の先生と懇親会でお会いしたときには、「S先生亡くなったんだって? なんでか知ってる?」と尋ねられました。
これも初耳でしたし、何よりS先生には兄弟同様に育った従弟が幼少期大変お世話になりましたから、とても衝撃を受けました。
松山千春の(ご家族の?)元主治医で、学会懇親会後の二次会では、とても素敵な声で千春の歌を歌われるのが大好きでした。

ふと気付くと、いつの間にか年賀状の送付リストからそぅっと消えている方々が少なからずいらっしゃいます。
それは昔々、旅先で出逢った方々だったり、大学浪人時代にお世話になった方々だったり、学生時代とてもかわいがって頂いた方々だったり、医者になって指導頂いた先輩達だったりします。
いずれも僕よりも年配であれば、それは確かにいつかは目の前から消える。それが世の中の順番であり理なのですが、それでも知己を亡くし、年賀状送付リストのチェックをそっと外すとき、静かな寂しさを感じます。名前・住所まで削除することはできず、そうして年賀状ソフト「筆まめ」の一覧には、年賀状を送らない方の名前が少しずつたまっていきます。

昔パソコン通信をしていた頃、日本全国の同じ興味を持つ人たちとの交流が、それは楽しいものでした。
異文化交流・海外旅行が好きで集まった人たちは、異なる意見を持ちながらも、その違いを語り合い受け入れあっていました。、
日本中に友達がいるんだ、というのは、当時の密かな自慢でした。
人と出会うこと。色々な考えや生き方をのぞくことができること。これはきっと自分の人生を豊かにしてくれるのだと信じてきました。

もしももう一度だけ若さを くれると言われても
おそらく私は そっと断るだろう
若き日のときめきや迷いをもう一度
繰り返すなんてそれはもう望むものではない

そうしてこれまで生きてきて、沢山の人たちと出会い、つながり、別れ、今に至るわけです。
パソコン通信は、いつしかインターネットに変わり、フォーラムは mixi や Facebook のSNSに置き換わっていきましたが、おそらく人との交わりという基本的な点は、僕の中では変わっていないように思います。
あの時ああしていたら、とか、こうだったら、と思うことが無いことは無いのですが、それでは今の自分を後悔しているか、と尋ねられたら、きっときっぱりと否定するでしょう。
人はおそらく、迷い悩みながら前に進むのですが、悔やむことがあっても「今」を否定したくはない。そう思います。

並んで座って 沈む夕日を一緒に眺めてくれる
友がいれば 他になにも望むものはない

その「友」は、本当に「友」かもしれませんし、気付いたら長い時間をともに過ごした「家族」なのかもしれません。
いずれにせよ、寄り添いぬくもりを感じられる人が一人でも得られたのなら、きっと素敵な人生だったのだろうと思います。

僕にとって人生最大の贈り物である娘は、3歳8ヶ月になりました。
今朝、幼稚園のお受験に合格した、と出張中の僕に妻から連絡が入りました。
彼女の人生はまだまだ始まったばかりですが、この先に沢山の素敵な出逢いがあることを祈ります。
どうか豊かな人生でありますように。
posted by GO at 11:37 | Comment(2) | TrackBack(0) | 雑文
この記事へのコメント
毎月のようにあちこちを飛び回った頃が懐かしいですね。ぜんぶ受け入れ合ったわけでもないけどなw
Posted by イワン at 2013年10月29日 22:36
他者の考え、自分と異なる意見を受け入れることの出来ない偏狭な人は、そりゃまぁいないわけじゃないけれど、そういう人ってやがてみんなから孤立していくのよね。

日本中のあちこちでオフ会ありましたっけ。
Posted by GO at 2013年10月30日 09:05
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