2011年06月11日

瞳を閉じて

初めてこのユーミンの曲を聴いたとき、「瞳って閉じられないじゃん」と突っ込んだことを良く覚えています。
医学的には「瞳=瞳孔」だと思っていましたので、広がったり(散瞳)縮んだり(縮瞳)することはあっても、自分の意思で閉じることはできないよね、と思ったわけですが、先日久しぶりにこの曲を聴いて、ふと辞書を引いてみました。
「瞳 1)眼球の中心にある黒く丸い部分。瞳孔。 2)目。『つぶらな−』『−を輝かせる』」 あらぁ? 目という意味もあるんですか。そう言われれば、そうなのかな、と弱気になる。

歌そのものは、長崎の県立高校分校の校歌を作って欲しい、と深夜放送で頼まれてできた、と聞いたことがあります。
今回ぐぐってみたら、長崎県立五島高等学校奈留分校(現 長崎県立奈留高等学校)のことだそうです。記憶違いではなかったらしい。遠くへ行った友人を想う、素敵な曲です。

瞳を閉じて、海の蒼さが浮かぶのなら、それはそれでとても素敵なのですが、最近の僕はというと、むしろ瞳を閉じないとたまらないんだよね、という日々が続いています。
コンタクトを入れた目に感じる、何となくの灼熱感。少し涙目だからなのか、ふと鏡をみたら目尻に白くカサカサ付いている眼脂(目やにとも言う 涙)。きちんと顔を洗っているのに、まるでずぼらに、ちゃんとしていないみたいじゃない。

・・・今年も花粉症のシーズンですね、皆様・・・

ハルガヤもカモガヤも嫌いです。雨が降ればまだましですが、風が吹くと目がゴロゴロします。
幸い、くしゃみも鼻水もないのですが、1ヶ月半くらい、目の症状は続きます。
リザベン点眼薬が手放せません。僕にはどうもパタノール点眼は効きません。
免疫療法(減感作療法)なのかなぁ。ハルガヤ・カモガヤの注射用抗原、手に入るかな? でも痛いのイヤだから、やるなら注射じゃなくて、舌下免疫療法かな。

お会いしたときに目を閉じているからといって、眠いわけでも目を背けたいわけでもありません。どうかご容赦を。
posted by GO at 19:46 | Comment(4) | TrackBack(0) | 雑文

2011年06月07日

記念樹(メモリアル・トゥリー)

市ヶ谷の駅を出て神田川を渡ると、目の前にシャープの大きなビルがあります。
1階はショールームで、その頃はシャープにしかなかった、LPレコードの両面自動再生機能付きステレオが自由に使えました。予備校の帰り道、たまにちょこっと立ち寄っては、その最新ステレオでお気に入りのLPを聴くのが楽しみでした。LPはそれほどたくさんの数はなかったけれど、時々面白いレコードがあって、それを探し出すのも楽しみでした。

ある日、今日はラジオの公開録音がある、と、やはりそのショールームにはまっていた、高校時代からのご学友が教えてくれました。
司会は鶴太郎さん、ゲストは白鳥座だと言う。それは見に行かなくちゃね〜 と2人で入場整理券を手に入れ、授業を抜け出してショールームに出かけたのでした。
ゲストの白鳥座は、女性ヴォーカル2人だけの出演でしたが、それで十分でした。
阿部恵(あべめぐみ)さんの澄んだ高音と、佐田玲子(さだれいこ)さんの暖かみのある低音と、2人の声を生で聴けるのは、コンサートになど行けない浪人生には貴重な体験。
登場したお2人は、鶴太郎さんのギャグにしばし笑い転げた後、歌声を披露してくれました。
その時に何を歌ったのか、もう遠い記憶の彼方なのですが、確か「記念樹」でした。記憶違いではないか、もはや確かめるすべはありませんが。この歌はライオン奥様劇場の主題歌になったそうですが、それを知ったのは結構あとになってからでした。
ともあれ、当時僕らよりちょっとお姉さんだった「めぐ」の、透き通るような高音にとても憧れていましたから、生で歌声を聞けて幸せだったことは良く覚えています。

Once and only once, and for one only
ただ一度 ただひとりのひとに

あの頃、片想いのくせに1人の女の子を純粋に想い続ける、ということに一生懸命でした。脇目もふらずにただ1人を想えるという自分が、誇らしくさえありました。若干(かなり?)ストイックな自分に酔っていたところはあるかもしれませんが、でも自分ではとても「ピュア」だと思っていました。
その純粋さは、もしかしたら今の時代では「気持ち悪い」と言われてしまうのかもしれませんが、でも多分、そんな純粋さを一度くらいは持ってみても悪くないんじゃないか、と思ったりします。若さ故なのかもしれないけれど。この年になってしまうと無理なんでしょうか。もしかしたら、照れが先に来るのかもしれません。

Once and only once, and for one only
さよなら最初で最后の恋

この恋は最初で最后なんだ、というまでの思い込みは、もちろん若気の至り。実際にはその次にもまた、「この恋は最初で最后なんだ」と思い込み、それが繰り返されるわけですが、振り返ってみればそれはそれで素敵な時間を過ごしたことになるのだろうと思えます。
恋は愛に変わるのか、恋と愛は別なのか。「最后の恋」はいつなんでしょうね。

そういえば大学時代、仲の良かった友人が、「あのワンスなんとかって、なんと言ってるのよ?」と聞いてきたことがありました。
さだまさしが好きで、白鳥座も好きで、パソコンが好きで、なんだか妙に馬の合う同級生でした。
教室の黒板に "Once and only once, and for one only" と書いたとき、不思議そうな、でも何となく意味に心当たりがあるような、微妙な顔つきをしたのを覚えています。みんな青春してたのかなぁ。
彼に白鳥座のカセットテープを借りてダビングしたのは、著作権法違反だって、もう時効ですよね?

先日何気なくメールチェックをしていたら、アマゾンから「白鳥座のLPがCDで復刻されます」とメールが届いていました。
早速楽天でチェックしてみたら、本当に5月18日に発売されました。「白鳥座」と「DENEB」の2枚。紙ジャケットで、中身のライナーノーツもLP当時のものを完全コピーだそうです。少しのためらいもなく、ぽちっとな、しました。

1週間ほど待たされて届いたCDは、LPをミニチュアにしたような印象。紙ジャケットですし、CDはLPレコードが入っているのと同じ半透明・半円の袋に入っています。
通勤の往復の車内でかけてみました。どの歌も、すらすらと一緒に歌えるほど覚えていることに驚きました。昔、カセットテープがすり切れるほど何度も聴いたもんねぇ。
歌詞に出てくるカセットテープにLPレコード、ブックバンドといった言葉は、今や限りなく死語なのだと思います。サッカーの話題が出てくるのは、時代の象徴なのでしょう。Jリーグが始まるまで、サッカーなんてテレビで放映されなかったですもん。

聴いていて、それはそれは懐かしく、いまや間違いなく通り過ぎ去ってしまった青春時代を、とても鮮やかに思い返しました。あんなことがあった。こんなこともあった。あの人に出会えた。この人と別れた。なんだかとても切なくて、涙が出そうなくらい懐かしい日々。
歌を聴きながら青春時代を思い出すのは、その歌を聴いていた時代がまさに青春時代のまっただ中、明日の見えない日々だったからだと思うのですが、ふと気づいたことがひとつ。多分、歌に出てくる主人公たちがみんな、あの頃の僕の年齢と重なるんです。だからなおさら青春時代を思い出すのでしょうね。

青春時代をもう一度生きてみたい、そんな気もしますが、では実現してあげよう、と言われたら、多分断るでしょうね。
やり直せないから、切なくて後悔があって懐かしいのであって、やり直せたらここまで大切には感じないのでしょう。
それになにより、目の前の小さな命と、偶然の上に出会って一緒に歩くことになった命を想うと、間違いなく目の前の現実の方が遙かに大切なのだと感じます。
思い出は、思い出に。
思い返すたびきらめいている日々に。
明日は見えなかったけれど、夢に向かって走っていた自分に。
そして2回目の結婚記念日に。

posted by GO at 23:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文