2010年12月31日

青葉城恋唄

毎年12月29日は、仙台で電子カルテの会議(と打ち上げ忘年会)があります。
もう何回目になるのかなぁ。今年も29日の朝に、成田から仙台に向けて旅立ちました。
使用機材到着の遅れで出発は50分遅れ。特に注意情報もなく飛び立ったのですが、飛行時間約30分強でさぁ仙台空港着陸、というあたりから、CRJの小さな機体はガタガタ良くゆれています。
それでもランディングギアが降りて滑走路にアプローチを開始したのですが、海岸線を過ぎて滑走路の端まで来たあたりで大きくガタガタ。あらぁ、ダメかな? と思った瞬間、機体は上昇を始めました。やっぱりゴーアラウンド(着陸復行)なのね。ほどなくコクピットから、「着陸直前にウィンドシア(乱気流の一種)がありましたので、安全に着陸できないと判断し、着陸をやり直すことにしました・・・」
旋回・上空待機の後、さぁ気を取り直して着陸のやり直し・・・のはずが、同じ地点まで来てまたまた大きくガタガタ。乗客一同の予想通り、機体は再び上昇したのでした。
「え〜 もう少し状況の改善を待って、3回目の着陸を試みます。試みますが、もし着陸できなければ、福島空港に目的地を変更することもあります」・・・おいおい・・・
こうなったら、福島ダイバート(ダイハードじゃなくて 代替着陸です)も面白いなぁ、と半分期待しながらも無事の着陸を祈ったのでした。
ゆっくり旋回待機の後、多分そろそろ決心しないとガス欠になっちゃうんでしょうね、えいやっっとアプローチ開始。今度はゆれることもなく、着陸直前にちょこっと左右に振られたものの、事故ることもなく無事に着陸。拍手こそ沸かなかったものの、機内は静かな安堵感に包まれたのでした。

空港アクセス線で仙台駅へ出て、駅構内で笹かまぼこだの牛タンだの萩の月だのをお土産に買いこんで、ほぼ駅前のホテルにチェックイン。
しばしベッドでうとうとした後、会議へと東北大学が立ち上げたベンチャー企業のオフィスまで出かけました。
さすがは仙台。日が暮れるとかなりの冷え込みでした。

東北大学の小児科の先生が作られた手書き型の電子カルテ「Future Clinic 21」は、カルテの記載にキーボードを使わずに済むので、予想通り使い勝手が良く、一般診療所の他に、多数の(様々なパソコンスキルの)医師が集まる急病診療所で特に重用されています。
そのカルテシステムを、さらに大きな既存の病院電子カルテシステムと連携させようとして、随分苦労してきました。僕も横からあ〜でもない、こ〜でもない、とアドバイスなのか注文なのか苦情なのか良く分からない声を上げてきましたが、そのかいあって(?)最近かなり素敵なシステムに仕上がってきました。「FC21 ワープ」と名付けられた、診療所でも使えるそのシステムは、機能の1つとして、過去の処方歴やデータから、簡単に経過表の図を作ることができます。しかも横軸の時間軸の幅を自由に変えられるので、ある人の一生を一画面に表示することさえも可能です。
「タイムライン」と名づけられたその機能が、今回スピンアウトして独立ソフトとして使えるようになりました。学会前に苦労する医療関係者にしてみたら垂涎の的なのですが、医療以外のジャンルでも使えるソフトに仕上がりました。
アカデミック版や一般科学用など、少しずつリリースされますから、いずれ、あちこちで使われるようになると素敵だなと思います。

そんな現状報告やら今後の予定だの、諸々の打ち合わせを終えて、夜の国分町へ。
予約したお店が使えず再び街中に繰り出し、数軒に断られた後に、何とか居酒屋にもぐりこんで、無事に忘年会開始。
会議に間に合わなかった宇都宮の先生も途中で合流したりで、総勢8名、飲んで食べてしゃべって、飲んで食べてしゃべってしゃべって・・・
定番二次会のカラオケは3時間歌いまくりで、それでも今回はいつもよりも3時間は早くお開きになり、2時半にはホテルに戻ってこられたのでした。

3時間ほど寝て起きて、7時5分の電車で仙台空港へ。8時の飛行機に乗って9時に成田着。
おおよそ24時間の仙台への旅でした。

昨年は後輩君が同行して、会議の翌日は青葉城を見学したのですが、今年はバンコクに行くのだそうで振られてしまいました。きっと初めてのんびりした年末年始を迎えているのでしょうね。
同じくバンコクで年を越す友人も何人かいて、そうねぇ、いつか僕も海外で年越しをしてみたいものです(今までにたった一度、香港で年を越したことがあるだけだもんな)。

今年1年、お世話になりました。
皆様、良い年をお迎えください。
また来年も、どうぞよろしくお願いいたします。


posted by GO at 23:58 | Comment(6) | TrackBack(0) | 雑文