2010年08月01日

のんびりとした日曜の午後のひと時。
リビングのソファーで愛娘をあやしながら、新聞のテレビ欄でタイトルが気になっていたドキュメンタリー番組にチャンネルを合わせました。

画面には、赤いとんがり帽子の屋根を持つ、積み木を重ねたような建物のこども病院が映りました。きっと小児科医なら1度は目にした事のある建物です。
主役はどうやら、NICU(新生児集中治療室)の若い女医さんと、彼女が受け持った1人の女の子。
この赤ちゃんは、母体内にいる頃から、胎内診断で心臓に病気があると分かっていたそうですが、生まれてみたら腎機能も悪かった。心臓手術をすることはできても、腎臓は手の打ちようがないから、もって1〜2週間かもしれない、と、生まれてすぐに宣告されてしまいました。あの病院のことですから、「腹膜透析」をやらないのではなく、やる適応がない、ということなんでしょう。

受け持った女医さんは、小児科医として2年の研修後、ということですから、後期研修3年目のお医者さんでしょうか。前期研修2年とあわせると、医者としては5年目ということか。
この手のドキュメンタリー番組にありがちで、患者さんを前に悩みもがいている姿が切り取られていきます。

最初は割と他人事だと客観的に眺めていたのですが、登場する医者の言葉のいくつかに、微妙に心を揺さぶられました。
かつてその現場にいて、同じようにぼろぼろになって、結局「自分の専門は違うのだから」とそこから逃げ出した身としては、身につまされる一言一言でした。

指導医が「(人の死に)慣れることは無いですね、慣れてはいけないと思います」と答えたあたりは、教科書通り、セオリー通りなのですが、件の女医さんが、当直中に亡くした子供を振り返り、「私が当直医でなければ、もう数時間は生きられたのかもしれない」と語った一言には、深く共感しました。
過去に「研修医の涙」で触れたことがありますが、おそらくは患者さんを亡くす医者は、誰しも思うことかもしれません。いつまでたっても、心のどこかで自信を持ちきれないようなもどかしさ。自分や医学の限界を思い知らされる無力感。当事者の心が分かる悲しさ。まぁ、決して慣れるはずがありません。

36時間勤務とかをしながらぼろぼろになっているこの女医さん、赤ちゃんから採血をしようとしたら、目の前でお母さんがビデオカメラを回しています。うわぁ、良くこの状況で採血できるなぁ、と思いながら見ていたのですが、案の定、お母さんが「痛いねぇ。かわいそうねぇ」と言いながらビデオをまわし、一方では血圧が低いからなのかあまり採血がうまくできず、ついに女医さんがプチ(ブチではありません)切れました。「私だって痛い事を好きでやっているわけじゃない。」
そりゃそうだろう、と思ったのですが、多分このお母さんは分かってないのです。「痛いねぇ。かわいそうねぇ」という一言は、医者が加害者、痛い事をされる患者さんは被害者、という構図を作り出していて、自分(母)は被害者の側にいるんだ、ということを。
子供は病気と戦っているんです。医者も一緒に戦っている。ならば親にも一緒に戦って欲しい、というのが医者のささやかな希望です。親が立ち会うのなら、「痛いねぇ。でも大切な検査だから頑張ろうねぇ」と言って欲しい。それはもちろん、医者のエゴに聞こえるのですが、でも同じ土俵にいて欲しい。傍観者でいないで欲しい。当事者になって欲しい。この女医さんがイラついたのは、多分これも小児科医なら、しばしば感じる親との「溝」なのでしょう。

やがてこの女医さんには、「お見合いサイト」で出会った婚約者がいることが判明します。しかもそこそこの遠距離恋愛。
なるほど、「お見合いサイト」ですか。僕が婚活したのと同じサイトですかねぇ。
お相手は化学系の研究者ですが、結婚することになり、一緒に住みたい、と考えたときに彼女は決断するわけです。「医者は今の時代、どこへ行っても仕事ができます。でも研究者は(ちゃんとした)研究所に勤めなくては仕事ができない。どこの研究所でも雇ってもらえるというわけではない。」 かくして1年間の研修で病院を離れ、夫と一緒に暮らし、その地方で小児科医を続ける決断をします。

婚約者である男性は、ある程度は彼女の仕事を理解しているのでしょうが、結局は「家庭を大切にして欲しい。子供も欲しい。」 つまりは仕事をセーブして欲しい、と、これも世の男性にありがちな(でも、ある意味ではとても理解できる)希望を口にします。
結婚した女医さんが仕事を全うすることの難しさが垣間見えるのですが、さすがにテレビはそこまでは追いきれなかったようですね。

そうしてこの春、彼女は病院を去り、もって1〜2週間といわれた赤ちゃんは、低空飛行ながらも墜落せずに頑張り、1歳の誕生日を迎えました。
その後、彼女たちがどうなったのか、テレビは伝えませんでしたが、きっとどちらも頑張り続けていると信じたいものです。

夢を持って医者になった。夢を持って小児科医になった。
生命を見限ることはできない。子供たちに笑って欲しい。
きっと彼女と同じ想いを持つ小児科医は少なくないでしょう。
夢ならいつか覚めるのかもしれないけれど、できれば覚めるのではなく現実になって欲しい。
優し過ぎたら届かないけれど、夢の実現に向かう自分はいつも優しくありたい。

ひざの上で僕を見て笑う愛娘を眺めながら、この瞬間にも頑張り続けているはずの仲間たちと子供たち、そしてそれぞれの家族のことを想いました。
どうか心の底から純粋に微笑むことのできる一瞬がありますように。
どうかあなたの夢がかないますように。
そしてもちろん、僕の目の前の幸せが続きますように。
posted by GO at 23:34 | Comment(2) | TrackBack(0) | 医療