2010年02月23日

こんにちは赤ちゃん

「自分で子供を持たないと分からないんだよ」
昔々、恩師に言われた一言です。悔しくてね、「子供を持っていなくても、小児科医として、プロとして、理解していますよ」そう答えたのを覚えています。
小児科医は子供を持って一人前。確かにそう言われるのですが、様々な理由で子供を持てない小児科医は沢山いるわけで、それでは彼らが一人前ではないのか、と言えば決してそうではないはずです。
それでも、「理解する」ということが、本当に「分かっている」ことではないかもしれない、という気持ちは常にどこかにある。いざ自分が患者さんやその家族の立場に立たされると、そこで初めて「分かる」ことも少なくないものです。
どうにもならないときのもどかしさ、心細さ。具合の悪い家族の手を握っているしかできない辛さ、悲しさ。
「相手の立場に立ったと想像する」ことである程度の追体験は可能ですが、実体験は確実に経験値を飛躍向上させてくれることは間違いがありません。

「先生、やっぱりダウンちゃんかどうか検査をして欲しい、と泣いてます」
主治医にそう告げると、古くからの仕事仲間でもある産婦人科講師の女医さんは、「えぇっ? 今からじゃ(22週に)間に合わないよ」とあわてていました。
ダウンちゃんかどうか知りたいだけなので、FISH(法)で21番(染色体)だけ見てくだされば良いです、と提案すると、「いずれにせよ、早く検査しなくちゃね」
でも、羊水検査は早かったけれど、そして結果が返ってきたのも早かったらしいけれど、我々未来のパパとママに結果が届いたのは検査から2週間もたってからでした。22週になるギリギリ直前。「あ、ごめんなさい、FAXですぐに結果返ってきていたんだけど、あれ、先生に話してなかったっけ? 特に問題ない(=ダウンちゃんではない)ようでしたよ」
生まれるまでダウンかどうか不安を抱えて過ごすのは辛い、と泣いた妻は、ダウンならダウンで覚悟を決めて出産に臨むんだ、と悲壮ともいえる決意を持って結果を待っていたのですが、拍子抜けするような、先生との温度差にちょっと腹立たしいような結果となりました。嬉しかったのですが、不安と心配を抱えた人間にとって、結果が返ってくるまでの日々は長く辛いものだ、ということをしみじみ実感したのでした。

「ベッケン(骨盤位=逆子)ですね」
僕の顔を見るなり、主治医の女医さんが、残念そうな苦笑交じりの顔で語りかけてきました。
じゃ、やっぱりカイザー(帝王切開)ですねぇ。予定通り来週ですか。「う〜ん、前に大きな手術があるんですが、多分お昼にはできるでしょう。」なるほど。
医者同士の話から取り残されている妻に、一通りの状況説明をしたあと、女医さんは当たり前のように尋ねてきました。
「先生、(手術室に)入りますか?」 あ〜、センセのお許しがあれば。「私は別に〜?」
医者同士というか、気心知れた周産期科医同士だと、話は早いなぁ。
あ、でも、つまりは、生まれたら自分で面倒を見ろ、ということですかね…

妊娠が分かった頃、変な夢を見ました。
1500g の早産でわが子が生まれる夢でした。産婦人科の若い医者が、「1500g ですね。やっぱり点滴が必要ですよね〜〜ぇ?」と少し困った顔で下から見上げるので、「そうね、しょうがないねぇ」と自分で点滴を入れることになる、というお話でした。
妻には「何よ、それ」と笑われたのですが、もしかして正夢になっちゃうんだろうか(苦笑)。

かくして、昨日入院して、今日が帝切となりました。
昨日はまだ赤ちゃんの服を縫う程度の余裕があったのですが、さすがに今日はダメでしょう。そう思いながらお昼に病室を訪れると、心持ち緊張した表情の彼女は、点滴ボトルを指差しながら、「これが今日の私の食事なの。おなかすいたぁ…」(^^;)
手術室では、「もう、まな板の上の鯉ね」とさらに引きつった笑顔を浮かべていましたが、見知った顔が1つくらい部屋の中にあると、ちょっと安心しない? でも実は僕も、ちょっと心拍数上がってたんだけどね。

そうして、目の前に小さな赤ちゃんが現れました。
お尻から出るのに時間がかかって、最初泣かないから少し心配したのですが、口の中を吸引していたら大きな声でひと泣き。
顔色が冴えなくて30秒の酸素吸入を断続的に2回する羽目になりましたが、心音に異常はなく、元気です。
2月23日14時34分、在胎38週2日、出生体重 2765g の女の子でした。Apgar 8/9/10 点。5分で10点なら、もう文句なしに元気な赤ちゃんです。多分このまま、一過性多呼吸でNICUのお世話になることなく、無事に経過してくれるのではないでしょうか。いや、限りなく希望的観測なのですが。

待ち焦がれた、待望の赤ちゃんは、コットに寝かされると大声で泣くくせに、抱っこされるとスヤスヤ眠ってしまうあたり、すでに甘えん坊の片鱗が見え隠れしています。
両おばあちゃんは、それぞれどこそこがパパに似てるの、ママに似てるの、目が二重だの、ちっちゃくて可愛いの、もう大騒ぎしています。麻酔でなんとなくボーっとしている新米ママは、何度かその腕にわが子を抱くのですが、いずれもすぐに母娘でウトウト…
新米パパは、日々大きくなっていくお腹をさするくらいしかわが子を実感できていませんでしたから、実際に抱っこしても、やはりなんとなく実感がわかないのでした。その重さは感じても、目の前の存在そのものが、まだ幻のようなあやふやさを持っていて、さて、いつになったら僕は「我が家の小児科医」から「新米パパさん」に変われるのでしょうか。
それでも、その小さな手で僕の指を握りしめている姿を見ると、すこやかに美しく育て、と心から祈るのでした。

こんにちは 赤ちゃん。無事に生まれてきてくれてありがとう。
そしてママも9ヶ月お疲れ様。
吉名大事典を参考に、さぁ、急いで名前考えなくちゃ。


posted by GO at 22:22 | Comment(10) | TrackBack(0) | 雑文