2009年09月30日

八ヶ岳に立つ野ウサギ

早いもので、もう9月も終わろうとしています。
そういえば、まだ結婚報告葉書送ってないなぁ、などと、いったいいつの話なんだか、我ながら呆れてしまいます。

8月一杯で14年半勤めた大学を退職して、9月から県北東部にある県立病院に勤め始めました。
医療崩壊の進む地域にあって、3年半前に2人いた小児科医が大学医局に引き上げられてから、他病院の小児科医が午前中の外来だけを細々と継続していた病院です。地域の小児科医は、開業医の先生が1人だけ。
常勤医がいない悲しさか、患者さんは次々と病院を離れて遠方の病院へ移ってしまい、常時7〜8人、ひどいときは午前中の外来患者さんが2人、なんていうこともあったようです。
常勤医が戻ってくれば、患者さんもすぐに戻ってくるよ、と誰もが言ってくれるのですが、さすがにこれは無いだろう、と若干焦ってしまいました。今は周辺の行政や市の広報、新聞の地方版などを使ってPRの毎日です。
けれどそれ以上に強力なのが、お母さんたちの口コミのようです。良い(?)アレルギー屋さんが来たらしい、と噂を聞きつけて訪れてくださる患者さんが少なからずいて、どうにか1ヶ月でコンスタントに15人レベルまで戻しました。患者さん、倍増(苦笑)。新型インフルエンザがピークを迎えれば、きっと3倍増(爆)。

良く大学が手放してくれましたね、というのは、挨拶をしたあちこちで言われたことでした。
春頃から「辞める〜」とのろしを上げていましたし、65歳まで働きたい(大学の定年は教授以外は60歳です)とボスに相談もしていましたから、医局としては諦めていたようです(あ、でも医局の人事権を握る医局長は、僕だった 笑)。
辞めた理由は何ですか? というのも、やはりあちこちで恐る恐る尋ねられた質問でした。
そのつど、65歳まで働きたかったから、とか、結婚を機に退職、とか、医局は未熟児新生児と神経(主にてんかん)に大きく舵を切ったからその他の専門医は不要になった、とか、月8回の当直+月1〜2回の緊急呼び出しに疲れた、とか、まぁ色々な理由を答えていたのですが、どれもが正解で、おそらくそれらが全て重なっての結果、というのが一番正しいのかもしれません。
どうしてこの病院なんですか? という質問もたまにありました。
開業の意思はなかったし、どうせ働くなら、小児科医がいなくて着任を心から望まれるところが良いかな、と思ったのですが、そう答えると誰もが必ず驚いたような呆れたような顔をしながら、でも大変ですよぉ、と言われる。
覚悟はしているんですけどね。そう苦笑いして答えるばかりです。

地域医療を担う、というほど大上段に構えているわけではないのですが、医療崩壊地域の子供たちの困窮振りは、隣の医療圏で見ていると手に取るように分かります。ほんのわずかだけれど、手助けになるのなら、医者冥利に尽きるってぇもんです。

都会で働くことも考えたのですけれど、都会では埋もれてしまうものが、田舎で暮らせば見えることがある。
引越ししたわけではありませんから、本当の意味で田舎で暮らすわけではありませんけれど、常駐すれば分かること、感じることは少なくありません。たとえば生活(くらし)について、たとえば病気について。家庭の経済事情は決して楽ではありませんし、病気になったとき、相談できるところも身近に少ない。ひとつひとつの生命の重さはどこに暮らしても差は無いはずなのですが、同じ県の中でもこれほどまでに差があるのか、と驚かされることは少なくありません。

自分にどれだけのことができるのか、それを考えると決して安穏としてはいられないのですが、「常勤の先生が来てくれて良かった」という患者さんやスタッフの笑顔を見ていると、もうひと頑張りできる勇気と誇りを持てる、そんな気がしています。

posted by GO at 23:14 | Comment(2) | TrackBack(0) | 医療