2009年01月14日

大空と大地の中で

「今年は来れるのかい?」
大学時代を過ごした街の、大学とは全く無関係の友人達から届く毎年の年賀状にはどれもこれも、必ずこの一言が書き添えられていました。
毎年成人式の日に開かれる新年会。成人の日がハッピーマンデーに変わってからは、その前日の日曜日に開かれるようになったのですが、いつか必ず、と思いながら、休みが取れずに欠席し続けていました。
振り返ってみればこの前顔を出したのは、神戸大震災の年でしたから、もう14年になります。
2年前には羽田まで行きながら、旭川行き最終便に乗り損ねたこともあって、今年こそ、と心に決めていました。病棟にも根回しをして準備していたら、直前に受け持っている赤ちゃんが急変。つくづく縁がないのかなぁ、と暗澹たる気持ちになったのですが、それでも何とか持ち直しかけてくれたのを幸い、思い切って旅立ちました。

千歳は結構雪が降っていて、前便はかなりの遅れがあったようです。僕らの便は、滑走路の除雪で折り返し便が30分遅れたため、ドミノ倒し的にディレイしたものの、何とか無事に到着。札幌で買い物をして旭川にたどり着いたのは夜の8時過ぎでした。
久しぶりの旭川。前回帰ったのは三浦綾子さんのご葬儀のときでしたから、9年前。駅前はこの時期にしては雪が少なく、思ったよりも暖かかったのは、やはり温暖化の影響なのでしょうか。
夕食は「大舟」。学生時代に何度かここでご馳走になりました。きんきの煮つけが美味しいのですが、当時はメニューに「時価」と書かれていました。貧乏学生には敷居の高い居酒屋でしたから、ここで夕食が食べられるのは、ちょっと幸せ。

翌日は、今や日本中でもっとも有名な動物園となった、旭山動物園を訪れました。
僕がいた頃は、限りなくつぶれかけた動物園で、冬季の半年間は閉園していました。当時飼育係をしていた、今は絵本作家として活躍中の友人、あべ弘士さんに誘われて、冬の動物園を訪れたことがあります。
ペンギンもホッキョクグマも、それは元気いっぱいで、「こんなに元気なら、見せてあげたらみんな喜ぶだろうに」とつぶやくと、「こんな、なまら寒い中、見に来る人なんていないっしょ。」 まぁ、そうですけどね。
それが今や、厳寒のさなかだというのに、ペンギンパレード見たさに結構な数の入場者があるようです。
動物園は僕が知るものとはまったく姿を変え、確かに寒さを忘れる楽しさでした。オランウータンの握力に驚いたり、アザラシのひょうきんさに笑ったり。ペンギンパレードも、追っかけをして3ヶ所で眺めてしまうほどのカワイさでした。すっかり盛り上がって、ホッキョクグマ見るの忘れましたが。
今度は夏に行ってみたいかな。

夕刻、わざわざ動物園まで迎えに来てくれた友人と新年会の会場に行ってみると、そこには懐かしい顔・顔…
みんな変わらないなぁ、と驚いたのですが、僕も全く変わらない、とあちこちで驚嘆の声があがっていました。それって、ほめられてるんだよね?
ついこの間不整脈で死に掛けた友人がいます。事故で致死量をはるかに超えた一酸化炭素中毒を起こし、この友人に見つけてもらって命拾いした夫婦がいます。たまたま他の検査から早期胃がんが見つかって手術をした友人がいます。漏電から火事になって、呉服会社が全焼した友人がいます。この14年の間に亡くなった友人もいます。相変わらず苗字が変わらない友人も少なからずいます。仕事を辞めてお母さんの介護をしている友人は、さすがに顔を出す余裕がなかったようです。
みんなそれぞれにそれぞれの事情を抱えて、それでもにこやかに、穏やかに、笑いあっていました。
多分、みんな年をとっているはずなのだけれど、なんだか10余年前と少しも変わらない。そのことに安心しました。

以前書いたことがありますが、この友人たちに出会えたことは幸せでした。
多くの友人は僕よりも一回り年上で、もちろん医学の世界とは縁も無い人たちばかり。
僕はなぜか「医大生らしくない医大生」なのだそうで、みんなの弟として、随分かわいがってもらいました。
春は花菖蒲観賞から始まって、5月には山菜取りをして斉藤牧場の丸太小屋で天ぷらパーティー、7月はパリ祭のシャンソンコンサート、秋は紅葉狩りに十勝岳温泉・凌雲閣の露天風呂、冬は雪の村、とまぁ、1年中何かしらイベントを起こして遊んでいました。
いくつかのイベントは、かなり大規模なものに発展しました。そういえば「雪の村」は、忠別川の河原から旭山に舞台を移していましたね。
僕が来るなら、と、今や准教授(助教授)になった大学の大先輩が、二次会に顔を出してくれました。奥様が僕らの仲間だったことから、大先輩もお仲間入りしたのですが、そういえば婚約者だと初めて紹介されたのは、初回「雪の村」の開場初日でしたっけ。
そんな、ちょっと遠くなってしまった思い出を、ぽつりぽつり思い出しながら説明できたのも幸せでした。

翌日。
飲んだら飲むウコンの力が効いたのか、相変わらず二日酔い知らず。
ホテルの朝食をパスして、まず「蜂屋創業店」のラーメン。友人たちは味が落ちた、と言ってましたが、いやいや、なかなか。なんだか懐かしい。
そして荷物を旭川駅に預けて、バスで大学に向かいました。
卒業以来初めて帰る母校。建物が増えていたり工事をしていたり、内装も随分良くなりました。

大学病院・臨床講義棟と、基礎医学の実験棟とを結ぶ細長い渡り廊下は、通称「シベリア回廊」と呼ばれました。北国の大学ですから、全ての建物は渡り廊下でつながり、一歩も屋外に出る必要が無いのですが、特にこの「シベリア回廊」は、学生にとってとても象徴的な渡り廊下でした。
真冬でも暖房がめったに入らない寒い廊下。窓からは時に雪が吹き込んで、床上に吹き溜まりができていた廊下。
でもこの廊下を病院側に渡るためには、大学4年のバリア試験を、全科目再試無しの一発合格しなくてはなりませんでした。その重圧と覚えるべき事項の膨大さは想像以上で、それだけにこの試験に無事合格して、晴れてこの廊下を渡ることは、学生たちの憧れでした。
久しぶりに「シベリア回廊」を渡ってみると思いのほか寒くは無かったのは、廊下の両端の扉が暖房の入った建物に向けて開け放されていたからなのか、それとも当時も本当は寒くなかったのか。どうなんでしょうか。

大学からの帰りに、かつての下宿を訪れてみました。
もはや人手に渡り、まったく別の生活が営まれている建物は、古くなったものの卒業の頃とあまり変わっていないようでした。
遠距離に住む友人に電話をするため、寒い冬の夜、真っ暗な中を、オーバーとマフラーと手袋で防寒して、100円玉を握り締めてもぐりこんだ、近くの公園の電話ボックス、今でも残っていました。

千歳空港に戻る列車は、「旭山動物園号」で始まりました。
夕暮れの大平原の中を雪を舞い上げて走る列車は、意外と乗客が少なく、低くうなるモーターと、時々聞こえる鋭い警笛だけが音の全て。
心地良い疲れの中で、ふと気付いてみると、「あの頃は…」という話ばかりをしている自分がいました。
振り返るには、まだ若い。
確かにそうなんですが、むしろ今回の旅は、振り返るための旅だったような気もします。
色々なことに悩み、苦しみ、泣き、笑い、決して精一杯とは言えないけれど、それでもそれなりに頑張って生きた日々を思い返す旅は、多忙とストレスに心を削られる今の自分にとって、まさにこごえた両手にふきかける息だったのかもしれません。
少し心と体が暖まって、さぁ、後は目の前の幸せをしっかりつかむだけなんでしょうか。
次にこの大空と大地の中に戻ってくるときには…
posted by GO at 22:51 | Comment(6) | TrackBack(0) | 旅行

2009年01月01日

たいせつなひと

「先生、幸せそうに寝てましたね」
院内PHSの呼び出し音にびっくりして飛び起きた僕を見て、隣の席の後輩君が笑っていました。
膝の上に日帰り温泉のガイドブックを広げたまま、医局の自席の椅子でウトウト寝ていたようです。
「どこ行くんですか? 温泉?」
疲れたまってるからねぇ。ゆっくり温泉につかりたいなぁ。
そんなことをのんびりしゃべっていた、当直明け、仕事納めの昼過ぎ。
でもどうせなら1泊してみたい気もする、と何気なく楽天トラベルを検索していたら、たった1つ、箱根湯本のお宿が、当日だというのに宿泊可能だと表示されました。部屋付き露天風呂のあるお部屋。あ、いいなぁ。そう思った瞬間、思わず、ぽちっとな、してしまいました。

神奈川に住んでいた頃は、箱根なんて目と鼻の先ですから、遠いと思うことはありませんでした。
けれど千葉の片田舎にいると、なんとなく遠い気がする。
それでも思い切って車を走らせてみると、途中寄り道しても2時間ちょっとで着いてしまいました。案外近いじゃない。

着いたのが8時頃でしたから、仲居さんは「すぐお食事の支度をしますね。そのあいだ、まず一風呂いかがですか?」とおっしゃる。えぇとつまり、邪魔だからお風呂にでも入っていろ、ということなんでしょうか(笑)。
外は少しだけ寒かったのですが、暗闇の中に灯りともる露天風呂に身体を沈めると、ぬるくもなく熱くもなく、の絶妙な湯加減で、思わず深いため息をついてしまいました。
食事を堪能して、また一風呂。部屋付きだと思い立ったら気軽に入れるのが嬉しいですね。長湯して少しのぼせそうでしたが、さらにまた寝る前と、翌朝起きて一風呂。もう、ここぞとばかりに入りまくってしまいました。
お風呂からはこれも部屋付きのお庭が見渡せて、綺麗にライトアップされていました。どちらかというと明るく照らされているので幽玄とまではいかないものの、お風呂に入って眺める木々は、癒し効果を倍増してくれます。

翌朝は、そのまま帰ってしまってはつまらないので、久々に箱根散策と決め込みました。
車をお宿において箱根湯本まで出て、箱根フリーパスを手に入れ、登山電車で強羅まで。さらにケーブルカーとロープウェイを乗り継いで大涌谷。
なつかしの温泉卵(黒たまご)を買おうと思ったら、5個で500円ばら売りなし、だそう。かつては2個入りだったと思うのですが、商魂たくましいですねぇ。こんなに沢山要らないので悩んでいたのですが、丁度目の前に、やはりお財布を出しながら悩んでいたカップルがいたので、2個原価でお譲りしました(笑)。残りなら食べられる(爆)。
ロープウェイで桃源台港まで降りて、海賊船に乗って元箱根まで。船長さんはしきりに双眼鏡で湖面をのぞいているのですが、その心配の種は小さなボート達。この寒空の中、スワンボートに乗っているカップルが少なくなかったのは意外でした。寒くないの? アツアツなのかぁ(笑)
おそばを食べて玉村豊男ライフアートミュージアムなどをのぞいていたら、あたりはすっかり夕暮れ。
バスでお宿に戻り、小田原で相模湾の海の幸のお寿司をいただいて帰路についたのでした。

このところずっと温泉に憧れていましたので、久々に堪能して満足です。食べるものも美味しかったし。
心残りはスパでマッサージしてもらい損ねたことなのですが、急に思い立ったにしては、充分楽しく、癒された小旅行でした。
年末の箱根路は、カップルと子連れの家族が半々くらい。たまに同性の友人グループも見かけましたが、考えてみれば紫陽花も紅葉もないこんな年末に、友人同士で来る場所ではないかもしれませんね。

暮れていく湖面を眺めながら、幾組かのカップルが手をつないで歩いていました。
そのシルエットは、ちょっと素敵でした。
つないだ手のぬくもりって、とても温かいですね。
たいせつなひとの体温を感じられて、心も温かくなります。
その手を離さないで。
哀しみのほとりで出会った、その温かい手を。
星や月や花や鳥や海や空よりも際だっていて、愛おしくて、たいせつなひと。


昨年は、素敵な時間をありがとうございました。
今年も皆様にとって、幸せな1年でありますように。

posted by GO at 01:01 | Comment(20) | TrackBack(0) | 雑文