2007年10月28日

最終案内

成田空港第2ビルの出発最終便は、22時発JALウェイズ JO72 便ホノルル行き。これが成田空港としての最終出発便でもあります。
さすがに夜も9時をまわると、お客の数も少なくなり、少しは静かなターミナルになるのだろうと予想していたのですが、意外とホノルルへ行く若い女性たちが沢山で、フロアは何となく華やいでいました。
いいなぁ、ホノルル。

なんだか訳の分からないお土産を大量に買い込み(お寿司の酢飯を作る飯台だの、100円ストアで買い込んだもろもろだの)、巨大なスーツケース2つに収まりきらず、「ママァ 助けて」と母にパッキングをしてもらう妹(笑)。「まったく、どこへ行くのかしら。ジャングルの奥地?」と母は爆笑していました。
もしどこかで「スーツケース開けてください」と言われたらどうするのさ、と尋ねたら、「開けてもいいけど、開けたら最後閉まらなくなるから、アナタが責任もって閉めてね、と頼む」と笑う妹(爆)。いいのか、それで?

小雨のぱらつく中、その巨大なスーツケース2つを何とか車に押し込み空港へ。
車内ですでにうたた寝を始めている妹を見て、「やっぱりまだ時差ぼけなのかしらぁ」と笑う母。あのぉ、ハワイ−日本−ドイツ(エジプト)−日本と動いたのに、帰国後いつまでも調子の出ない妹を見て、「そんなにいつまでも時差ぼけがあるはずが無いじゃない」と訴えを却下したのは、母上、あなたなのですが。

1つあたりギリギリ 30Kg くらいのスーツケース2個。本当に預けられるのかな、と心配していたのですが、「だって、来るときに大丈夫だったんだもん」…まぁ確かに。来るときはハワイのお土産満載で、帰るときは日本のお土産満載で、行商のおばさん状態(笑)。
特別とがめられるわけでもなく、無事にチェックインをしていましたが、「グリーンカード確認されたぁ。でもハワイにお住まいですね、って言われて2階席の非常口の通路側の席(Exit Row Aisle)もらえた」と喜びながら戻ってきました。あら、JO72 って、FCY の3クラス運行だと思うんですが、2階席はビジネスじゃなくて、エコノミーなんですか。

しかし、荷物を預けた後さらに、「空港でしか売ってないお土産買ってきて、と頼まれた」と「イチゴ・チョコ大福」というすさまじいブツを探していました。食べる? と気軽に聞いてくれますが、イチゴ・チョコ大福ですぜ。イチゴ味の大福の中に、チョコレートクリームが入ってるんだって。美味しいんですかい? 「だって、これを買ってきてくれってシンディーが言うんだもん」 アメリカ人の味覚は良くわかんない…

きっと機内食は到着前の朝食だよね、と話して、彼女のご希望のラーメンを食べているうちに、そろそろ搭乗時刻間際。
母とハグした後、「Final call かかる前に行くね」と割とあっさり手荷物検査場に進む妹を見送りながら、「グリーンカード取ったし、これでもう、間違いなく日本には帰ってこないんだろうねぇ。まぁそれもいいかなぁ」と母とひとしきり談笑。
それでも帰宅してみると、何となく火が消えたように家の中が静かなのは、やはり2人より3人の方がにぎやか、ということなのか、単に台風一過(一家だったりして 爆)で気が抜けたのか。

そういえば、昔は最終案内を聞いて、滑走路から飛行機が飛び立っていくのをデッキから見送ったものでした。「最近は飛行機が滑走路に出る前に、空港出ちゃうね」と話したら、「もう飛行機での旅行なんて、当たり前のものになっちゃったのよ」と母が笑います。
「ハワイなんて、飛行機ですぐだもんね。長距離はもう無理だけど、まだハワイなら行けるかなぁ。」そう笑う母は、それでも確かに、少し寂しそうでした。
だいじょうぶ、またホノルルで会えるよ。

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2007年10月23日

イマジン Imagine

カイロで一番美しい、というモスクは、ムハンマド・アリ・モスクと言いました。小高い丘に立つ、イスラム教の軍が砦として使った城塞(シタデル)の中にあり、ムハンマド・アリ朝の創始者、ムハンマド・アリの霊廟もあります。
いや、最初、このムハンマドを、イスラムの創始者モハメッドと勘違いしたんですが、この預言者がエジプトに眠っているとは思えなくて、勘違いに気づきました。
ムスリムには、ムハンマドという名前、多いですよね。僕らのツアーコーディネーターも、ムハンマドさんでした。

さて、サリーという名前の、魔法は使わないけれど日本語を上手に操る、年齢不詳の美人なガイドさんは、僕らをこのモスクの中の正面(ミフラーブという、メッカの方角=キブラを示す壁のくぼみ)に案内して、メッカの方角を見ながらすわり、ゆっくりと解説を始めました。
イスラムの教えについて、5行(信仰告白、礼拝、喜捨、断食、巡礼)について。
イスラムの教えでは、決して人を殺してはいけない、とされているのだから、今世界の各地で起きているイスラム教徒によるテロは、決して正しいわけではない。ムスリムも、キリスト教徒もユダヤ教徒も、本当は同じことを願っているはず。でも、なぜアメリカはムスリムを目の敵にするんだろうか。そんなことを一生懸命に説明していました。

そういえばエジプトは、スンナ派が多いんでしたっけ。中東はシーア派ですね。
1人1人はみなとても優しい。ごく普通の人は、ムスリムだからと言って、声高に反アメリカをとなえるわけでもないし、反イスラエルをとなえるわけでもない。でも、だから何も感じていないのか、と言えばそうではないわけで、観光で暮らす国エジプトとしては、本音と建前があるのでしょうか。
このあたり、かなり勉強不足だったなぁ、と痛感しました。
彼女が「分かってほしい」と訴えたことの、どれだけを理解できたのでしょうか。


宿泊は、ラムセス・ヒルトンでした。
旅行社手配のツアー設定ですから、あまり効果は無いかな、とは思ったのですが、チェックインのとき、ヒルトンのゴールド会員カードを出してみました。そしたらフロントマンは「ゴールドメンバーのチェックインはあっち」と、ヒルトンHオーナーズ用のカウンターを指差します。
そこでは、旅行社手配だからポイントはつかないが、VIPなのでジュニアスィートにアップグレードする、と提案されました。
確かにコーナースィートなんですが、部屋の広さは、本来のナイル・ビューの部屋とどちらが広いんでしょう。

朝食付きですから、チェックイン翌朝、レストランに行きました。
母が「ナイル川の見える窓側が良い」というので、ボーイさんに窓側の席をリクエストしたのですが、にべもなくレストランの奥の方のテーブルに案内しようとします。
母のリクエストに従って、もう一頑張り、今度はちゃんとスーツを着たホテルマンに、ジュニアスィートの部屋番号を示しながら交渉したところ、先ほどのボーイさんに「窓側の席、いいよね?」と交渉してくれました。不承不承案内しながら、それでも窓側から1つ奥のテーブル。
やれやれ。

ところが最終日の朝、2度目のレストランでも、やはりレストランの奥の方のテーブルを示されました。なんとなく、同じボーイさんかな?
でも、窓側のテーブルは全て空いているんです。別段「予約席」とも書いていない。
「窓側がいいな」というと、「ここは他のグループの席」という回答。
「それじゃ、あっちの窓側は?」と提案すると、彼は「窓側はアメリカ人のエリア。日本人はあっち」とレストランの奥を指差します。
瞬間に頭に血が上ったのですが、えぇと人種差別って英語でなんて言ったっけ、と逡巡した一瞬、すかさず妹が "Discrimination!!" と声を荒げました。そうそう、そう言うんだった(苦笑)。

日本人は大人しい人種だと思われているんでしょうね。確かに周りにいた(奥のテーブルに押し込まれた)日本人たちは、「なぁに? あの人たち」という顔をして僕らを見ていました。
2人がかりで、声を荒げて抗議をしたら、一瞬たじろいだボーイのおじさん、「えぇと、喫煙席と禁煙席、どちらがいい?」と尋ねた挙句、「ここは他のグループの席」と言ったテーブルに案内しました。

さぁ、腹の虫がおさまらない。
チェックアウトしたとき、フロントマンに、「レストランで差別を受けた。抗議をしたいからマネージャーを出せ」と詰め寄ったところ、Duty Manager に案内されました。
会うなり「レストランで人種差別を受けた。強く抗議する。怒ってんだぞ」と、かぁぁぁなり強い口調で文句を言ったところ、ちょっとたじろいだマネージャーは愛想笑いを浮かべながら、「じゃ、レストランマネージャーに会わせるから、問題を検討しよう」とおっしゃる。
フロントからレストランへの移動途中、Hオーナーズのゴールド会員だと知るなり、少し慌て始めるマネージャー。
「この差別は Hotel policy なのか? 日本に帰ったらヒルトンにレポートを出す。旅行代理店にもレポートを出す」という僕のクレームに、妹がさらに同調する。
「違う、違う。ホテルの方針のはずが無い」と慌てる Duty Manager。

レストランマネージャーは、「差別なんかしてないよ〜」と最初はのんきだったものの、Duty Manager が「でも、アメリカ人のエリアだって言ったんだろ?」と詰め寄るので、段々慌て始める。あの、もしかしてお2人、仲悪いんですか?(苦笑)
最終的に2人の謝罪と、今後このようなことが無いよう、きちんと教育をする、という提案を受け入れ(というか、妹が「教育すべきだと recommend する」と言ったのを受けた回答だったけど)、一件落着。
でも、本当にレストランのサービスは改善されたんでしょうか。やっぱりヒルトンにレポート出してみるかなぁ。

抗議している最中にも、大人しい日本人は、レストランの奥に押しやられていたような気がするのですが。
久々に受けた差別でした。
差別を受けるって、本当に悲しいよね。だから自分だけは差別しないように、と心を配っているつもりですが… 実際はどうなんでしょう。


エジプトからドイツに戻り、日本に帰国する当日。
飛行機は夜に出発でしたから、ほぼ1日時間があります。
母と事前に打ち合わせた通り、行きはドイツ国鉄(ICE)で、帰りはルフトハンザで、ベルリンに「壁」を見に行きました。

久々のベルリンは、すっかり初冬の装い。風は冷たく、道行く人はみなコートを着ています。
そんな中、ベルリン中央駅からタクシーでブランデンブルク門へ。
ベルリンの壁が崩壊したとき、人々がこの門に殺到して喜びを分かち合っているのを、リアルタイムで見ました。

ひとしきり門を行き来して、当時を思い返した後、少しはなれたところにある「トポグラフィー・オブ・テラー」へ。ここは僕も初めての場所でした。
かつてゲシュタポの本部があり、数々の拷問が行われた場所。のちにここにベルリンの壁が築かれ、現在も残っています。
展示されている、ナチスに関する資料その他を読む時間は無かったけれど、多くの人命と涙の上に東西を無残に分断した壁には触れました。家族を引き裂き、少なからずの悲劇を起こしたこの壁は、思ったよりも薄くて、それがまた悲しかった。こんなコンクリートの板1枚で、人の想いは簡単に分断されるんですね。
国境とか言葉とか宗教とか歴史とか、「異なる」ことを受け入れられない人々を思いながら、いつかみんなが1つになれたら良いのに、と心から願いました。
ギクシャクしながらもEUは存在しているのですし、いつの日か全ての人がこの星を分かち合い、平和のうちに暮らすことができる。そう想像することが最初の一歩なのかもしれません。

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2007年10月20日

ナイルにて ―夢の碑文(いしぶみ)―

母なる川、はるか悠久の古(いにしえ)から流れるナイルは、イメージとしては大草原の中を、とうとうとたゆとうはずだったのですが、さすがはカイロ。エジプトの首都ですから、川の両側はビルと護岸におおわれていました。
もちろん例えばテーベの都(ルクソール)とかアスワンとかに行けばイメージに近いものはあるのですが、氾濫により肥沃な大地を育んだ川の本当の姿は、観光客にはそう簡単に眺めることができないのでしょうか。もし次の機会があるなら、泊りがけのナイルクルーズをしてみたら、分かるのかもしれません。

ギザのピラミッド群は、想像以上のものでした。
何度となくテレビで見ていますから、ある意味で見慣れた姿ではあったのですが、これを人の手で作り上げたという事実は、現物を前にすると、偉業という一言では片付けられない迫力を持っています。
すごい。
しかもそれが4500年を経て現存するのもすごい。
永遠(とわ)の生命を求めて生まれた時の都で、復活を願ったファラオと民衆の心を思うとき、生きると死ぬの境界はどこにあるのか、時の流れは何をもたらすのか、妙に哲学者になってしまう自分がいました。
ダハシュールの赤のピラミッドやサッカラの階段ピラミッドも、砂漠の中にぽつんと建つその姿が印象的でした。

ギザのピラミッドの横にマクドナルドがある、と聞いていましたが、これはちょっと間違い。
でもピラミッドのある丘のふもとまで、街は迫っていました。砂漠のど真ん中、というイメージはもはや当てはまらないのかもしれません。
通るものに謎かけをしたスフィンクスが眺めているのは、メンフィスでもテーベでもなく、実はケンタッキーフライドチキンなんだ、というのは今回のガイドさんに教わったジョーク。確かに(笑)。

エジプト考古学博物館で見たツタンカーメンのマスクは確かに美しいものでしたが、このマスクを含めてファラオの顔姿を見るたびに、ジャイアントロボを連想する僕は、どこかネジが狂ってるんでしょうか(苦笑)。分かる人には分かると思うんだけどなぁ。ぼそっとしゃべったら、同行した妹には大うけしていました。

安置されているミイラ群は、会えることは素晴らしいのですけれど、時を経て観光客の好奇の視線にさらされることが、望んだ永遠の生命なのか。眠りを邪魔しているような気がして、眺めているこちらには、若干の後ろめたさがありました。「蝋化」なんていう法医学で学んだ知識が、頭の中を駆け回ってもいました。

一方で彼らの墓所である王家の谷は、吉村作治先生が情熱を燃やすのも分かる、不思議な感動を味わいました。
ヒエログリフが色つきで残っているのもすごかったけれど、この谷にこれだけの数のお墓があるというのも、実際に目にすると驚きです。自然の侵食で、まるでピラミッドのような形になった丘の頂は、ここが神聖な場所であることの象徴なのかもしれません。
きっとここに情熱を燃やす多くの人たちの努力で、さらに最新科学の助力で、これからも新しいお墓が見つかるんでしょうね。

ルクソールのカルナック神殿、聖なる池のそばには、スカラベ(糞ころがし)の大石像がありました。
左(反時計)回りに像を3回まわると幸せになり、5回まわると願い事がかない、7回まわると結婚できる、ということでしたから、もちろん7回まわってきました。お願いね(笑)。

飛行機は車椅子のリクエストを出していましたし、エジプトツアーは結局我々だけの個人ツアーとなりましたし、ハワイ在住の妹が同行してくれましたので、母としてはとても楽で、楽しい旅だったようです。
行く先々でハネムーナーに出くわしましたが、まぁこれはご愛嬌。
もしこの次に、今度は違う形で来ることがあるなら、月の砂漠をらくだで歩いてみるとか(ギザでちょこっと乗りましたけど)、先述のナイルクルーズとか、また別の楽しみができるのかもしれません。
ゆるやかに大空を紅く染めながら、おだやかに夕陽が沈みゆく地平線を眺めてみたい。
とりあえず帰国したら、「王家の紋章」読み返してみなくちゃ(爆)。
あ、ヒエログリフ描く定規、買うの忘れた…
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2007年10月15日

バンコクは雨でした。
それも、先日沖縄で経験した「どしゃ降り」なんていうもんじゃなくて、時々南国で経験するスコールとも違って、バケツをひっくり返したような豪雨。雨は冷たいけどぬれていたいの、とか言えるような状況じゃありません。ホテルの窓から外を眺めると、道路を挟んで向かいのシェラトンが雨のカーテンでかすんでいます。ちょっと先のビルなんて、もう見えないんですよ。くわえて、ときどき、ピカピカ・ゴロゴロ。
何度かバンコクの雨季を経験してますけれど、改めてすごいなぁ、と驚きました。バンコク郊外では洪水もあったようですが、そういえば昨年の同じ頃訪れたときは、BTS(スカイトレイン)サパーン・タクシン駅周辺で、チャオプラヤー川があふれていましたっけ。

昼間なのに真っ暗な外を眺めていると、もうどこに出かける気力もなくなり、この日曜日はレイトチェックアウトをリクエストしていたのを幸いに、結局チェックアウトギリギリの16時まで、部屋でウダウダしていました。
…と書くと、どうせ遅くまで寝てたんでしょ、という声が聞こえてきそうですが、今回は(今回も?)、確かにそうです(笑)。起きたの午後1時半でした。
前夜、飲んで帰って、ふと Norton Internet Security の更新有効期限が切れているのを思い出し、何気なく、すでに購入ダウンロードしていた 2008年版をインストールしようとしたら、思いっきりハマりました。
旧バージョンを削除したり、なぜかインストールの記録だけ残っている(でもレジストリはきれいなんだけど)旧々バージョンの削除に苦労したり、挙句はようやくインストールできたのに、Norton アカウントにアクセスしたら「更新期限切れ」と警告出ました。あのなぁ、今新規に最新版をインストールして、なぜ更新期限切れなんだ?? ヘルプと google 使いまくって、これをまともな状態に直すのに2時間かかりました。で、寝たのは朝の5時。
睡眠時間としては、割とまともでしょ?(と開き直ってみる)
もう最後の方は、Norton を呪ってました(笑)。でもなぜか、他のソフトに乗り換えられずにいます。

ボーとした起き抜けの頭を、とりあえずのシャワーですっきりさせて、ワーテーに 1-2-call(タイの携帯電話) のリフィル(リチャージ)しに行かなくちゃぁ、と思ったら、上述の豪雨。
それでも晴れ男の面目躍如(?)で、チェックアウトしたら雨はあがっていました。
ワーテーでお昼食べて、AIS で 1-2-call にリチャージ。ここだと 1500バーツのリフィルが可能で、これだと有効期限が200日延びます。800バーツだと100日。国際電話で残高が減っていたので、1500バーツのリフィルを選択して、有効期限は来年5月中旬に延びました。まぁ5月までにはまた1〜2度、バンコクに来るでしょう。

そういえば、友人のつるるんが mixi の日記に書いていたカオクルックガピ。
これ、今回まで食べたことありませんでした。というか、存在そのものを知りませんでした。
土曜日に行った旅行代理店の奥様も、ご存じなかった。でも代理店のタイ人のおばちゃんは、「おいしいのよぉ〜」と嬉しそうで、どうせ発音が悪くて通じないだろうから(まぁその通りです)、と、そのおばちゃんがタイ語で書いてくれました。はい、これが活躍しました。
代理店を後にして早速、シーロム通りロビンソン近くにあるS&Pでまず1食。メモを見せるだけの注文ですから楽ちん。ホント、美味しいです。唐辛子のトッピングが辛いけど、とても美味しい。はまりました。
その後、ワーテーのフードコートでも食べました。お店によって、トッピングは微妙に違うんですね。
ウェスティン隣のロビンソン地下フードコートにもありましたが、さすがにそのときは別のもの食べました。でもここもトッピングはさらに微妙に違った。
きっと次回も、結構はまってそうです。

雨上がりの街を寄り道しながら、ワーテーからサイアムスクエアへ、さらにマーブンクローンまで歩きました。
雑踏と濡れて歩きにくい足元と、渋滞の車のクラクションにパトカーのサイレン。
なんてうるさい街なんだろう、と思いながら、でもその喧騒が疲れた身体には心地よい。静寂ばかりが癒しではないのですね。現代人のさがなのか。

一方で、この街に1人で来ると、のんびりできるような寂しいような、不思議な感覚に包まれます。かつて多くの友人たちと、夜通し飲んで踊って騒いだ記憶が、切なく思い出されます。もう連絡が取れなくなってしまった友人が何人かいるけれど、みんな元気なんでしょうか。
人ごみの中にいると、かえって孤独感が増す、というのは本当ですね。これだけ沢山の人がいるのに、みんな自分との接点がない、という事実は、1人には辛いかもしれません。人ごみの中で立ち止まっている僕に誰も気づかない、そんな街角。
身体は癒されても、心は癒されないのでしょうか。少しの寂しさを感じながら、ぱらついてくる雨にふっと口ずさんだ歌で、よせばいいのに、そういえば最後に会ったのは雨の中だったなぁ、とか思い出したら、もう胸が締め付けられました。あれ? まだ整理できてなかったのかな。
冷たくていいから、ぬくもりも思い出も涙も流してくれる雨、欲しいなぁ、と思いながらスクンビット通りの交差点に立ちつくしたのでした。

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2007年10月13日

夏休み

ようやく夏(秋?)休みです。

バタバタと仕事が立て込んでいましたが、予定通り約10日間の休みをもらいました。
当直明けの昨日、午前中の仕事を片付けて、医局長会議をぶっちして(苦笑)午後からお休み。
寝不足で頭痛いなぁ、と思いながら、機上の人となりました。

76になる母が、「死ぬまでに一度ピラミッドを見てみたい」とか言いますので、今回はエジプトが最終目的地です。
が、日本からの直行便ですと、エジプト航空くらいしかなくて、さすがにこれをツアーで参加するのはちょっと辛そう。
マイルで行くにはどうしたら良いかなぁ、とか考えて、色々検索をしましたら、ドイツのHISが、フランクフルトからエジプトツアーを出しているのを見つけました。
これかなぁ、と交渉しましたら、本来週末ツアーなんですが、ウィークデイでも手配してくれるそうです。まぁ、仕事だもんね。
ANAのWebでチェックしたら、なぜか15日成田発、20日フランクフルト発の往復ファーストクラスの無料航空券が1席ありまして、これをおさえました。
お母様、ファーストクラスですぜ。いいなぁ。

さすがに僕の分までは取れないので、いつものようにバンコク発のチケットを手に入れることにしまして、今バンコクです。
日曜の夜にバンコクを出て、成田で母と合流してフランクフルトまで。
成田−フランクフルトはアップグレードのリクエスト出していますが、どうでしょうね。

来て気づいたんですが、バンコクは雨季ですか?
天気予報を見ると、連日雨マークついてます。
先ほど起きたんですが、外は曇り。窓ガラスを触っても暑くないところをみると、外は涼しいんでしょうか。
これからチケットのピックアップ(E-ticket ですから、正確にはチケット代金の支払い)です。
そのあとは、友人のつるるんが mixi に書いていた「カーオ クルック ガピ」食べに行ってみたいと思います。

フランクフルトは涼しいんでしょうね。
カイロ・ルクソールは暑いのかなぁ。
麦藁帽子なんて持ってないし、きれいな先生が待っていてくれるわけでもありませんが(笑)、それでも指折り待ってた夏休みですので、堪能したいと思います。

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