2005年07月25日

神さまへのインタビュー

mixi で、「神さまへのインタビュー」を知りました。

きれいな写真ときれいな言葉。
疲れているときには、とっても癒されます。

他の人から赦されればそれで十分なのではなく
自分で自分自身を赦すことも必要であること
“To learn that it is not always enough that they
be forgiven by others. But that they must
forgive themselves.”

今、とっても疲れている友人に、この言葉を贈ります。


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2005年07月20日

後輩君のお土産

バンコクへ脱出していた後輩君が、今朝(あ、正確には昨日?)成田着の便で帰ってきました。
あちこちのライブに行ってたようで、「まだ日本で発売されていないCD買ってきましたぁ」とか喜んでいます。う〜ん、タイポップス・ヲタなんでしょうか、やっぱり(笑)。

で、「GOセンセにお土産です」って、何をくれたのかと思ったら、まずタイガーバーム(爆)。
本当はタイガーバームの本家は香港でしょう。
でもこのタイ産タイガーバーム、実は前回2人で旅行したときにお世話になったんですね。
この時最後に寄ったマッサージ屋さんが「今三」くらい悪くて(「イマイチ」を超えてる)、2人とも張り返しに悩んでいました。たまたまドンムァン空港で僕がタイガーバームを見つけ、購入。これを機内で塗ったら、2人とも、ものの見事に効いたんですね。恐るべし、タイガーバーム(笑)。
だからなのかなぁ。でも机の上には、まだ前回の分が残ってるんだけどな。ま、腐らないから、いいか(爆)。

2つ目はオリエンタルホテルのパイナップルチップ。
伊勢丹の1階にある、オリエンタル・ショップで買えるんですが、これ、確かに美味しいんです。バンコクへ行くと、必ず買うもんね。入れ物の缶も、なかなか洒落ています。
Vacuum fried と書かれていて、揚げたのではなく、真空乾燥させたものなんですね。さくさくして甘酸っぱくて、お土産としては本当にお勧めです。
しかし、ついこの間1缶食べ終わったところだぞ(苦笑)。

3つ目はなんと、ANAユニフォームコレクションの箱。
機内で配る(乾燥)スープに、ANAアテンダントの歴代ユニフォームを着用したフィギュアがおまけでついてくる…逆じゃないか? スープ1本しか入ってなかったもん(爆)。
「早く開けて、組み立ててくださいよぉ」って、あのね、確かに実物は好きだけどフィギュアって方面は対象外なのよ。とりあえず開けたら、僕のは7代目だそうです。後輩君のは初代でした。でもさすがに海洋堂製作、よくできていました。

仕事が忙しくてお土産話聞けなかったなぁ。
そういえば、タイ航空の乗り心地も知りたいところだし。
あ、それよりタイの携帯電話、返してね(笑)。

ま、なんにせよ、無事のご帰国、なによりでした。
お土産、どうもありがとうね。やっぱり他の人よりも沢山いただけるのは、とても嬉しいものです(笑)。

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2005年07月19日

三浦綾子さん

大学6年を北海道で暮らしたのですが、この6年間の最大の宝物は、沢山の大学以外の友人たちを得たことでした。
多くの友人は僕よりも一回り年上で、もちろん医学の世界とは縁も無い人たちばかり。
でも本当に楽しい日々を過ごしました。
春は花菖蒲から始まって、5月には山菜取りをして斉藤牧場の丸太小屋、7月はパリ祭のシャンソンコンサート、秋は紅葉狩りに十勝岳温泉・凌雲閣の露天風呂、冬は雪の村、とまぁ、1年中何かしらイベントを起こして遊んでいました。
いくつかのイベントは、かなり大規模なものに発展しましたが、今でも続いているんだろうか。

そんな中で出会ったのが、作家の三浦綾子さんでした。
きっかけは、大学祭での講演依頼でした。友人の地元タウン誌を主宰する女性が、綾子さんの知り合いであったことから、大学祭実行委員会に頼まれて綾子さんのお宅に電話をかけました。
最初に対応に出てくださったのが、当時秘書をされていらした八柳洋子さん。
すぐに電話をかわってお出になられたのが、綾子さん本人でした。
「あなた、電話のかけ方がとてもきちんとしているわねぇ」というのが綾子さんの感想で、それ以来何かと心にかけていただいていました。

その年の大学祭は、体調不良でキャンセルになったのですが、その後講談社の文庫情報誌「IN・POCKET」での座談会に呼ばれ、翌年の大学祭では、お約束通り講演会を開いてくださいました。
テーマは「今、生を見つめて」。最初実行委員会が示したテーマは「今、死を見つめて」だったのですが、癌と戦っている綾子さんは、死を見つめるよりも生を見つめているんじゃないか、と僕が「今、生を見つめて」に直してしまいました。このテーマ、綾子さんは気に入ってくださっていらしたようです。

何度かお宅にもお呼ばれをしました。
お邪魔するたびにサイン本を1冊プレゼントしてくださったのですが、ある時は「そうそう、あれ持ってきて」と八柳さんにお願いをされ、くださったのが「あのポプラの上が空」でした。
「これねぇ、主人公を考えるときに、あなたの顔を思い浮かべて決めたんよ」とおっしゃった。え、僕がモデルなんですか? 「小説だから、状況は違うけどね」といたずらっぽく微笑まれたのが、とても印象的でした。

ある時、転居のご連絡をお送りしたら、夜お電話をいただきました。
「急に引っ越されたから、結婚でもされたんかなぁ、と思って」と笑われたんですが、「あなたの結婚式には必ず出席するから、連絡してね」とお約束をしてくださいました。とうとうそのお約束が果たせなかったのが、とても残念です。

訃報は学会出席中だったでしょうか。
朝一番の飛行機で旭川に飛んで、最後のお別れをしました。
甥っこさんが大学の同級生だったのですが、東京から飛んできた僕を見て、ちょっと驚いていましたっけ。

いつもやさしい微笑と、時には子供っぽいいたずらっ子のような笑みを浮かべるのが、とても素敵でした。
必ずと言って良いほど、ユーカラ織りをお召しになっていらっしゃいましたね。

そういえば妹は、光世さんがホノルルで講演されたときにお会いしたそうで、ある朝光世さんからご報告のお電話を頂戴しました。

mixi のプロフィールを書くに際して、好きな本に「あのポプラの上が空」を加えました。
そうしたら、どうしても一度、綾子さんの思い出をまとめてみたくなった。

ご一緒した時間は決して多くは無かったのですが、折にふれうかがった色々な言葉が、静かに心にしみこんでいます。
素敵な時間をいただいたこと、深く感謝しています。


posted by GO at 01:00 | 千葉 ☁ | Comment(2) | TrackBack(0) | 雑文

2005年07月16日

海外脱出…したいなぁ

今日は第3土曜日でお休みの日ですが、朝から当直などしています。
午後、隣の席の後輩君が職場に現れて、僕からタイの携帯電話を奪って行きました。
これからバンコクだそうです。帰国は火曜日の朝だって。いいなぁぁ。

後輩君は、どうも僕から悪い影響ばかり(?)受けているようで、タイにどっぷりつかったのは多分僕が連れて行ったからなんでしょうし、ここまでタイポップスにはまるとは思わなかった。最近は、そっち方面では少しは名前が知られているらしい。

あげくに、「GO先生、ANAのSFCですよね。僕もなりたいんですけど」とかおっしゃる。SFCというのは、マイレージクラブの上級会員資格の1つなんですが、まず通常3段階ある上級資格のうち、上位2ついずれかの資格を獲得した後で手に入る、もう1つの資格です。
この資格は条件さえ満たせば基本的には毎年自動更新なので、空港のラウンジ使い放題だし、席のアップグレード券ももらえるし、なかなかお得な資格ではあります。

彼は今年このために、ANAで5万ポイント稼ぐそうです。
どうしたら良いでしょうか、とか相談されたので、「アジア・パシフィック・サークル チケットをビジネスクラスで買って、夏休みにぐるっと1周しておいで」と、まるでどこかの飛行機ヲタのようなことを言ったら、まじめに考えているようです。あらまぁ。
挙句は「ルート考えてください。チケットで許されている上限のルートで」と言うので、22,000マイル飛べるうち、21,996マイルという、我ながら笑っちゃうルートを考えてあげました。
でも夏休み取れるんだろうか??
「エージェントGOですね」って、あのね、僕アメリカの旅行代理店の Independent Agent の資格あるのよ(爆)。「あ、だから旅行代理店と同じ予約システム使えるんですね…」

考えてみれば、例年ならもうとっくに2〜3回は海外脱出しているはずなのに、今年はまだ1回しかない。
そろそろ海外脱出したいなぁ。

海外旅行好きの医者は少なくないのですが、その理由は多分、経済的に余裕があるから、ではなくて、海外なら病院に呼び出されないから、だと思ったりします。
もちろん重症の患者さんを抱えていたら旅行どころではないのですが、「重症の患者さんがいるんです。ヘルプしてください」の呼び出しはいつでもありえるわけです。
国内だったら、突然呼び出されるかもしれない。病棟から問い合わせの電話が入るかもしれない。旅行しても、少しも気が休まらないんですね。
でも海外だったら、みんなあきらめる。

小児科は他科に比べてはるかに少ない人数で、24時間 365日当直体制をしいていますから、当直回数は月に5〜6回。多いと7〜8回。当直翌日は通常勤務です。そういえば僕の8月の当直回数は8回でしたね。
そうすると、澱が沈むように少しずつ精神的な疲れが蓄積していきます。やがてある時院内PHSが鳴ると、「何で僕を呼ぶのよっ!」とかイライラする。
こうなるとそろそろ休息が必要です。誰からも呼び出されないところで一休みしたいなぁ。

今年は夏休みとれるのかな。いや絶対にとる、と心に誓いたいけど、夏には医局員が1人辞めるし、オーダリングシステムの打ち合わせもあるし、現実的に可能なんだろうか。
今頃機内の後輩君を思って、ちょっとため息をついているのでした。

posted by GO at 19:29 | 千葉 🌁 | Comment(4) | TrackBack(1) | 旅行

mixi その2

午後の打ち合わせと夕方の会議を終えて、普通ならそろそろ帰宅、という時間になって、mixi で遊んでしまいました。

いや、色々なコミュニティがあるんですね〜 思わずいくつか参加してしまいました。
さだまさし好きが集まる場とか、タイ好きな人が集まる場とか、高校の同窓会も、出身大学の同窓会もありました(あ、そういえば今の勤務先はどうなんだろう?)

昔々、まだインターネットなんて無い時代、パソコン通信で遊んでいた頃を思い出しました。
あの頃フォーラムのアクティブメンバーで、月の電話代が2万円を超えた(市内通話なのにっ!)なんていうのもざらでしたっけ。
NIFTY-Serve の FINTCUL とか FENG とか、「日本中に友達がいる」というのが楽しかった時代。きっと mixi にもあの頃の仲間がいるんじゃないのかなぁ。
これまでにどこかで出会った人たちもいるかなぁ。

ゆっくりと、もはや途切れ途切れになってしまった懐かしい人たちとの絆が回復できたら素敵だと思ったりします。
パソコン通信にはまった仲間たちは、きっと今もインターネットの世界で、ひっそり暮らしているに違いないもんね。
posted by GO at 00:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文

2005年07月15日

mixi

誰か紹介してぇぇ、と友人たちのプライベートMLに相談したら、早速に招待メールを送ってくれた友人がいまして、登録しました、mixi(ミクシィ)。

mixi というのは、友人つながりで形成されるコミュニティで、ソーシャル・ネットワーキングと総称されているものの最大手(?)です。
すでに100万人近くの登録があるそうですが、僕の周りには存在さえ知らない人ばかり。
ある意味、無限講ですか? 友達の友達は友達、と言っても3世代もずれれば知らない人かな。

これからどんな世界が広がるのか、少し楽しみだったりします。

…って、"must" が増えると、昔から逃避行動おこすんだよね。忙しいのにねぇ。

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2005年07月06日

ファイルが無い…

来春稼動予定で、オーダリングシステムの導入を準備中の今日この頃。
連日会議、会議で21時より前に病院を出たことがありません。
外来にバイト、病棟も受け持って、研修医君のお相手もして、なおかつオーダリングの仕事ですから、結構あちこちに迷惑をかけてしまいます。

それでも最近は、僕よりもはるかに多くの時間を費やしてくれる、強力な助っ人が何人かできましたから、昨年の今頃よりははるかに「まし」かな。みんな、どうもありがとうね。

そんな中、院内向け広報を作ろうとして、かつて法人本部に提出したファイルを探したら、ファイルが無い…(あれっ?)
どこを探しても無い…(アセリ)
以前使っていたノートパソコンにも、保存しておいたというかすかな記憶があるUSBメモリにも無い…(うわわ)
ありゃぁぁ、どうしましょう…(涙)

最後の期待をした、自宅のノートパソコンにもありませんでした。おかしいなぁ。消しちゃったのかなぁ。どこかにフォルダを作って、何本かの報告書や要求仕様書をまとめたはずなんですけど。
まぁ、きっとある程度大事な仕様書は、オーダリングシステム担当者で作っているメーリングリストに流してあるので、メールから拾えるんでしょうが、ちょっとショックです。

明日、もう一度落ち着いて探してみなくちゃ。

さて、オーダリングシステムの話題は、カテゴリ「CIS」です。
これでどこのメーカーか、基幹システムベンダは推測可能ですね(笑)。
とてもしっかりした良いシステムだと思うのですが、なにせ高い。これが最大の問題です。
低予算でどうしろっちゅ〜んじゃ。
いつもこれで頭を抱えているのでした。

posted by GO at 22:59 | 千葉 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | CIS

2005年07月04日

研修医の涙

昔々、あるところに書いた記事です。
もう消えてしまった記事なんですが、なんとなく気になっているので、こちらに転載してみます。



NICUに敗血症で入院した、日齢2の赤ちゃんが亡くなった。

少しずつ動きを止めていく心臓をモニターで眺めるたびにいつも、「もしここにいるのが自分でなければ、この子は助かるのだろうか。もしかしたら世界中のどこかに、この子を助けられる治療法があるのだろうか」と考える。そんな人も、治療法も無いのは分かっているけれど、無力感にさいなまされながら、そんなことを考える。

10ヶ月を幸せと少しの不安の中で過ごし、誕生という最大の幸せを味わったわずか後に訪れる地獄。両親の想いは想像するに余りある。

昔、作家の三浦綾子さんと、生まれてすぐに消える命について話したことがある。

「生きている」そのことに意味があるのなら、わずかな時間しか生きないその生命には、どんな意味があるのだろうか。
彼女はきっぱりとこう言った。「きっと神様が、この夫婦になら、この子を託すことができる。そうお考えになったから、この子が生を受けたんでしょう。」

…意味の無い命はない。それは一瞬でも命にたずさわる人間にとって、忘れてはならない基本なのかもしれない。

目を真っ赤にして青ざめた顔で立つ、ローテーションで回ってきた研修医を別室に呼んだら、彼は部屋に入るなり泣き崩れた。
その嗚咽を聞きながら、遠い昔の自分や同僚を思い出した。

あの頃僕らは、朝の8時半から夜11時半まで、ほとんど1日を病棟で過ごした。
血液疾患で入院している子供たちは、白血病の再発や重症の免疫不全など、消えかかる命を抱えながらそれでも笑顔で生きていた。
1日を病棟で過ごす僕らは、そんな彼らと多くの時間を過ごした。

そうして、研修医としてはじめての試練がやってきた。
大好きだった子供が、確かに少し前までは笑っていた子供が、その生涯を終えた。

主治医から死亡が宣告されたとき、1人の同僚が部屋を飛び出した。
病棟から階段を駆け下り、誰もいないフロアのトイレで、彼女は1時間泣いた。
僕はその外で、静かに涙を流しながら、彼女の嗚咽を聞いていた。

あれからいくつもの死に立会い、忘れられない死も沢山経験した。
いまでも時には涙を流すものの、嗚咽するほどの痛みは感じないように、少し冷めた自分がいる。
目の前の死はやりきれないけれど、受け持っている子供たちは他にもいる。
病気と闘っている子供たちへの責任は果たさなくてはならない。
いつまでも泣いてはいられない。もしも泣くほどの痛みを感じるのなら、次はその痛みを感じなくてもすむように、少しでも前に進まなくてはならない。
それが医者としての責任なのだ、と自分に言い聞かせている。

それでも子供の死に立ち会うと、必ず他の子供たちの顔を眺めに行くのは、やはり自分を奮い立たせる力を、子供たちから授かりたいからなのかもしれない。

研修医の嗚咽を聞いた夜、僕はいつものように小児病棟を訪れ、眠りこけている子供たちの顔を眺めて回った。
無邪気な寝顔を見て、少しだけ癒される思いがした。

もはや嗚咽することはないけれど、やりきれなさと無力感と静かな怒りを覚えるだけの心は、まだ残っているらしい。
posted by GO at 10:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 医療