朝の通勤は、大抵 J-Wave 別所哲也さんの TOKYO MORNING RADIO を聴いています。
エンジンをかけた時にこのプログラム、高速の入り口ではこのプログラム、でもオービスのあたりでこのプログラムだと遅刻かな〜 と、おおよそのタイムキーパー代わりになっています。
この番組でかかる歌は、たま〜に「あれっ?」と思う歌なのですが、先日の番組で流れてきたのは、MISIA さんの Smile でした。
確かこの歌って、チャップリンの「モダン・タイムス」だったような気がするなぁ、と思って、職場に着いてからぐぐってみました。
やっぱりそう。MISIA バージョンは映画「friends もののけ島のナキ」の主題歌だそうです。
最近あまり映画見ないから、どんな映画なのか知らないのですが、歌の方は、先の大震災被災地の子供達がコーラスで参加しているのだと、別所さんが語っていました。
ぐぐって最初に見つけたのは、マイケルジャクソンの Smile。
あ〜、この歌声も良いなぁ、と朝の慌ただしさの中、思わず聞き惚れてしまいました。
「スマァ〜ィル」と声をかけると、微妙に引きつったような笑顔を見せる娘は、この23日に2歳の誕生日を迎えました。
甘いもの大好きな僕が、すぐにケーキだのチョコレートだのを与えがちなので、しばしば妻に厳しく制止されるのですが、誕生日はケーキが食べられる。娘はそれを知ってますので、数日前から「ハッピバースデーなの」と連呼していました。
いざケーキを前にしたら、もう自分から歌う、歌う。しっかり「ハッピバースデー」の歌を1曲歌いきって、でもろうそくはうまく吹き消せなくて。ちょっと困った顔をしながら「スマァ〜ィル」のかけ声に何とか笑顔を見せて、ママのカメラに収まっていました。
めいっぱい仕事して、少し疲れて帰宅した家の中に、Smile があるとほっとします。
それは妻の笑顔だったり、娘の笑顔だったり、同居している母の笑顔だったり色々ですが、笑顔があれば、確かに家の中が明るくなります。
いやなことがあったり、腹を立てたり、泣きたくなっても、無理に笑顔を作れば、少しは気分も軽くなるのでしょうか。
このところ、虐待されて亡くなる子供のニュースが立て続いていて、仕事柄とても気分が滅入るのですが、きっと虐待した大人達は、この Smile の魅力に気づけなかったのでしょうね。
僕は、「パパァァ」と大声で両手をあげて飛びついてくる娘の笑顔を見れば、間違いなく1日の疲れは取れるのですが。
You'll find that life is still worthwhile
If you just smile…
2012年02月28日
2011年12月29日
希望という名の光
今年も冬入り口の仙台に降り立ちました。
毎年12月29日に行われる電子カルテの会議(兼忘年会?)出席のためです。
成田−仙台のANA便(IBEX 運航)が復活し、いつもと同じようにこの飛行機で飛びました。
降り立った仙台空港は、津波で甚大な被害を受けたみじんも見せず、年末の旅行客でごった返していました。
しかし機内から見下ろした海岸線は、本当に何もなくて、津波でなぎ倒された防風林が無残な姿を残していました。
空港ロビーには「トモダチ・オペレーション」の写真展があり、1階・2階その全てを拝見しました。
空港に押し寄せる津波、土砂とがれきに埋まった空港や街並み、懸命に作業する人々の姿、一緒に働く多くのアメリカ軍兵士や自衛隊員達。テレビで何度となく目にした光景でしたが、改めて写真を眺めていると、想像を絶する惨状に息をのみました。
その写真たちの中にあった、アメリカ軍兵士に肩車をされる子どもの屈託のない笑顔と、そっと黒人兵士の手のひらにタッチをする小さな子どもの姿を見たとき、涙が出ました。
3月11日14時46分。
あの日僕は、千葉や茨城各地から集まった多くの保護者達に、不活化ポリオワクチンの説明をしていました。
あ、地震だ、と気づいた直後から揺れは大きく、会議室入り口のドアにつかまって立っているのがやっと。何人かの人は会議室を出て、そのまま病院の外に走り出していました。
窓から見える駐車場の車は、異様なほど揺れていて、地震の大きさを実感させられました。
説明会を中止してほどなく、東北地方を甚大な地震が襲ったこと、10mを超す津波の警報が発令されたことが事務局から伝えられ、災害拠点病院に指定されている病院は、災害時緊急体勢に入りました。
電気が止まり、自家発電で得るわずかな電力の中、救急外来のパソコンからは、津波に襲われる街の映像が流れてきました。
幸いにして自宅も家族も無事でしたが、病院周辺は液状化が起き、橋が落ちたり道路が陥没したりで大騒ぎでした。
運び込まれる患者さんが一息ついた18時半過ぎ、同僚達の勧めもあり小さな子どもの待つ我が家へと帰路につきましたが、通行止めの東関東道を避けて渋滞している一般道からさらに裏道へ抜けて、普段45分の道のりを5時間かけて帰宅しました。
週末病院からの応援要請はなく、家族とともに過ごせましたが、電気・ガス・水道の止まった病院は、大変な週末を過ごしたようです。
停電を免れた我が家でテレビを見ながら、福島・仙台の友人達を心配したのですが、津波が自宅の100m手前まで押し寄せた友人を含め、後日全員の無事が確認されて安堵したものです。
小児科学会、小児アレルギー学会は急ぎ支援に乗り出しましたし、病院スタッフもDMATを含め被災地入りしていましたが、医師が1人しかいない小児科を守るのがやっとの僕は、後方支援しかできない歯がゆさを感じたものです。
空港から市内に向かう仙台空港アクセス線の窓からは、仮設住宅群が見えました。
市内は地震の陰などみじんも見せない賑わいでしたが、この瞬間にも先の見えない不安の中に置かれた人々がいることを再確認しました。
頑張っている人たちに、これ以上頑張れ、という言葉を投げかけることはできません。
しかし底知れぬ闇の中からも、かすかな光のきざしが見えることを祈ります。
あなたたちを照らし続ける、希望という名の光が見えることを祈ります。
今年も残りわずか。
皆さんにとって、来年が素敵な年でありますように。
今年も温かい友情を、ありがとうございました。
毎年12月29日に行われる電子カルテの会議(兼忘年会?)出席のためです。
成田−仙台のANA便(IBEX 運航)が復活し、いつもと同じようにこの飛行機で飛びました。
降り立った仙台空港は、津波で甚大な被害を受けたみじんも見せず、年末の旅行客でごった返していました。
しかし機内から見下ろした海岸線は、本当に何もなくて、津波でなぎ倒された防風林が無残な姿を残していました。
空港ロビーには「トモダチ・オペレーション」の写真展があり、1階・2階その全てを拝見しました。
空港に押し寄せる津波、土砂とがれきに埋まった空港や街並み、懸命に作業する人々の姿、一緒に働く多くのアメリカ軍兵士や自衛隊員達。テレビで何度となく目にした光景でしたが、改めて写真を眺めていると、想像を絶する惨状に息をのみました。
その写真たちの中にあった、アメリカ軍兵士に肩車をされる子どもの屈託のない笑顔と、そっと黒人兵士の手のひらにタッチをする小さな子どもの姿を見たとき、涙が出ました。
3月11日14時46分。
あの日僕は、千葉や茨城各地から集まった多くの保護者達に、不活化ポリオワクチンの説明をしていました。
あ、地震だ、と気づいた直後から揺れは大きく、会議室入り口のドアにつかまって立っているのがやっと。何人かの人は会議室を出て、そのまま病院の外に走り出していました。
窓から見える駐車場の車は、異様なほど揺れていて、地震の大きさを実感させられました。
説明会を中止してほどなく、東北地方を甚大な地震が襲ったこと、10mを超す津波の警報が発令されたことが事務局から伝えられ、災害拠点病院に指定されている病院は、災害時緊急体勢に入りました。
電気が止まり、自家発電で得るわずかな電力の中、救急外来のパソコンからは、津波に襲われる街の映像が流れてきました。
幸いにして自宅も家族も無事でしたが、病院周辺は液状化が起き、橋が落ちたり道路が陥没したりで大騒ぎでした。
運び込まれる患者さんが一息ついた18時半過ぎ、同僚達の勧めもあり小さな子どもの待つ我が家へと帰路につきましたが、通行止めの東関東道を避けて渋滞している一般道からさらに裏道へ抜けて、普段45分の道のりを5時間かけて帰宅しました。
週末病院からの応援要請はなく、家族とともに過ごせましたが、電気・ガス・水道の止まった病院は、大変な週末を過ごしたようです。
停電を免れた我が家でテレビを見ながら、福島・仙台の友人達を心配したのですが、津波が自宅の100m手前まで押し寄せた友人を含め、後日全員の無事が確認されて安堵したものです。
小児科学会、小児アレルギー学会は急ぎ支援に乗り出しましたし、病院スタッフもDMATを含め被災地入りしていましたが、医師が1人しかいない小児科を守るのがやっとの僕は、後方支援しかできない歯がゆさを感じたものです。
空港から市内に向かう仙台空港アクセス線の窓からは、仮設住宅群が見えました。
市内は地震の陰などみじんも見せない賑わいでしたが、この瞬間にも先の見えない不安の中に置かれた人々がいることを再確認しました。
頑張っている人たちに、これ以上頑張れ、という言葉を投げかけることはできません。
しかし底知れぬ闇の中からも、かすかな光のきざしが見えることを祈ります。
あなたたちを照らし続ける、希望という名の光が見えることを祈ります。
今年も残りわずか。
皆さんにとって、来年が素敵な年でありますように。
今年も温かい友情を、ありがとうございました。
2011年10月31日
人生の扉
一度も一緒に仕事をしたわけではないのですが、兄弟子の友人ということから、なぜか学会でお会いすると必ず夜中までご一緒する先輩医師がいます。
カラオケがお好きで、しばしば3次会か4次会はカラオケになります。
周りは夜中まで振り回されることになるのですが、明るいお人柄のためか、先輩後輩友人ライバル関係なく、元気のある人(無い人も?)はいつも最後までおつきあいします。
学会で福岡に来たら、やはり仲の良いもう1人の先輩医師から、「病気になったんだって?」とうかがいました。
顔色が悪かったのは、朝7時半からのモーニングレクチャーの座長を仰せつかって(前の晩飲み過ぎないようにとの会長の温かい配慮?)早起きしたからじゃないのかなぁ、と笑ったのですが、どうもそれだけではなさそう。その不安は的中して、懇親会後の飲み会で、とてもにこやかに「腎臓がんやってさぁ。腎臓の半分取っちゃったから無いの」とおっしゃる。
まだ50代半ば。働き盛りの年齢ですから、笑顔の裏にある心情を思うと、一瞬絶句しました。
飲み会での話題は、すぅっとほかに流れましたから、それ以上詳しく聞くことはなかったのですが、次の店に移動するタクシーの中で、「酒? 酒は飲めるさぁ。でもお腹触らないでね、痛いから。・・・執行猶予5年だなぁ」と笑っていらっしゃいました。5年生存率が何パーセントとかおっしゃっていましたが、小さな声で聞こえませんでした。
途中で寄ったホテルで、4次会になる次の店をどこにするのか、一瞬逡巡したのですが、先輩の希望で、結局前にも来たことのあるキャナルシティ裏の不思議なカラオケ屋さんに決まりました。
部屋では全くいつもと変わらず、すでに沢山食べて来たはずなのにまあピザを食べるの酒を飲むのと、お元気そのもの。大好きな歌をシャウトしながら歌うのも、いつもと同じ。
お好きな竹内まりあの歌を一曲歌ったのを聴いて、僕の番でふと何気なく「人生の扉」を歌いました。
歌が始まったら、それまで隣の先生としゃべっていたのに、歌詞の流れるモニター画面をふぅぅっとご覧になりました。
陽気にはしゃいでた 幼い日は遠く
気がつけば五十路を 越えた私がいる
I say it's fun to be 20
You say it's great to be 30
And they say it's lovely to be 40
But I feel it's nice to be 50
そう、ここまでは確かに歌の通りだったと思うんです。
学会でもそれなりに名前の通った医者となり、いくつかの病院で活躍した後転身した開業も順調だし、お子さんも健やかに大きくなっていらっしゃるし(超?高級ベンツを買ってあげたそうです)、端から見れば順風満帆。
満開の桜や 色づく山の紅葉を
この先いったい何度 見ることになるだろう
このフレーズを歌いながら、もしかしたらこれは先輩の今の心情そのものなのか、歌の選択間違えたか? と余計な気を回したのですが、当のご本人は黙って歌詞の流れる画面を眺めるばかりでした。
I say it's fine to be 60
You say it's alright to be 70
And they say still good to be 80
But I'll maybe live over 90
生きられるのならいつまでも生きたいとは思いますが、どんなに頑張っても生きられるのは寿命まで。
その寿命が短いのか長いのか、分からないから良いのだ、と言われたことがありますが、分からないからみんな不安になるわけです。
解夏のように、苦行が結実すれば、そこで開き直れるわけですが、ある日突然病気と寿命を告げられても、誰もがそうそう解脱できるわけもなく、不安を抱え悩み苦しみながら這いずり回るしかない。
やはりがんというのは、自分のこの先を考えさせるだけの衝撃がある病気だと思うのです。
僕だって、五十路が近づき、いつどんな病気に襲われるか分かりません。
家族ができると、家族への責任を強く感じますから、何かあったらどうするか、密かに考えないわけでもありません。
それでもなるべくなら目をそらしたいリスク。こうして現実に突きつけられると、あらためて我が身のことを思うのでした。
君のデニムの青が 褪せてゆくほど 味わい増すように
長い旅路の果てに 輝く何かが 誰にでもあるさ
突然、もう1本のマイクを握りしめて、僕よりも大きな声で歌い始めました。
I say it's sad to get weak
You say it's hard to get older
And they say that life has no meaning
But I still believe it's worth living
本来、このブログで同じ歌を2度取り上げることはしない、と決めていたのですが、どうしてももう一度、この歌で書いてみたいと思いました。
5年の執行猶予期間の間、カラオケに行ってもこの歌を歌うのは封印します。
だから執行猶予があけたら、きっとまた、一緒にこの歌を歌いましょうね、先輩。
カラオケがお好きで、しばしば3次会か4次会はカラオケになります。
周りは夜中まで振り回されることになるのですが、明るいお人柄のためか、先輩後輩友人ライバル関係なく、元気のある人(無い人も?)はいつも最後までおつきあいします。
学会で福岡に来たら、やはり仲の良いもう1人の先輩医師から、「病気になったんだって?」とうかがいました。
顔色が悪かったのは、朝7時半からのモーニングレクチャーの座長を仰せつかって(前の晩飲み過ぎないようにとの会長の温かい配慮?)早起きしたからじゃないのかなぁ、と笑ったのですが、どうもそれだけではなさそう。その不安は的中して、懇親会後の飲み会で、とてもにこやかに「腎臓がんやってさぁ。腎臓の半分取っちゃったから無いの」とおっしゃる。
まだ50代半ば。働き盛りの年齢ですから、笑顔の裏にある心情を思うと、一瞬絶句しました。
飲み会での話題は、すぅっとほかに流れましたから、それ以上詳しく聞くことはなかったのですが、次の店に移動するタクシーの中で、「酒? 酒は飲めるさぁ。でもお腹触らないでね、痛いから。・・・執行猶予5年だなぁ」と笑っていらっしゃいました。5年生存率が何パーセントとかおっしゃっていましたが、小さな声で聞こえませんでした。
途中で寄ったホテルで、4次会になる次の店をどこにするのか、一瞬逡巡したのですが、先輩の希望で、結局前にも来たことのあるキャナルシティ裏の不思議なカラオケ屋さんに決まりました。
部屋では全くいつもと変わらず、すでに沢山食べて来たはずなのにまあピザを食べるの酒を飲むのと、お元気そのもの。大好きな歌をシャウトしながら歌うのも、いつもと同じ。
お好きな竹内まりあの歌を一曲歌ったのを聴いて、僕の番でふと何気なく「人生の扉」を歌いました。
歌が始まったら、それまで隣の先生としゃべっていたのに、歌詞の流れるモニター画面をふぅぅっとご覧になりました。
陽気にはしゃいでた 幼い日は遠く
気がつけば五十路を 越えた私がいる
I say it's fun to be 20
You say it's great to be 30
And they say it's lovely to be 40
But I feel it's nice to be 50
そう、ここまでは確かに歌の通りだったと思うんです。
学会でもそれなりに名前の通った医者となり、いくつかの病院で活躍した後転身した開業も順調だし、お子さんも健やかに大きくなっていらっしゃるし(超?高級ベンツを買ってあげたそうです)、端から見れば順風満帆。
満開の桜や 色づく山の紅葉を
この先いったい何度 見ることになるだろう
このフレーズを歌いながら、もしかしたらこれは先輩の今の心情そのものなのか、歌の選択間違えたか? と余計な気を回したのですが、当のご本人は黙って歌詞の流れる画面を眺めるばかりでした。
I say it's fine to be 60
You say it's alright to be 70
And they say still good to be 80
But I'll maybe live over 90
生きられるのならいつまでも生きたいとは思いますが、どんなに頑張っても生きられるのは寿命まで。
その寿命が短いのか長いのか、分からないから良いのだ、と言われたことがありますが、分からないからみんな不安になるわけです。
解夏のように、苦行が結実すれば、そこで開き直れるわけですが、ある日突然病気と寿命を告げられても、誰もがそうそう解脱できるわけもなく、不安を抱え悩み苦しみながら這いずり回るしかない。
やはりがんというのは、自分のこの先を考えさせるだけの衝撃がある病気だと思うのです。
僕だって、五十路が近づき、いつどんな病気に襲われるか分かりません。
家族ができると、家族への責任を強く感じますから、何かあったらどうするか、密かに考えないわけでもありません。
それでもなるべくなら目をそらしたいリスク。こうして現実に突きつけられると、あらためて我が身のことを思うのでした。
君のデニムの青が 褪せてゆくほど 味わい増すように
長い旅路の果てに 輝く何かが 誰にでもあるさ
突然、もう1本のマイクを握りしめて、僕よりも大きな声で歌い始めました。
I say it's sad to get weak
You say it's hard to get older
And they say that life has no meaning
But I still believe it's worth living
本来、このブログで同じ歌を2度取り上げることはしない、と決めていたのですが、どうしてももう一度、この歌で書いてみたいと思いました。
5年の執行猶予期間の間、カラオケに行ってもこの歌を歌うのは封印します。
だから執行猶予があけたら、きっとまた、一緒にこの歌を歌いましょうね、先輩。
2011年09月30日
He Inoa No Ka'iulani
ロコの誰もが「PK」と略して呼ぶ、カイウラニ王女の邸宅があった付近に建っている、というホテルを今回の宿に選びました。
最近、道路挟んだ向かい側のホテルは、ウェスティンに変わって値上がりしているような気がします。大して良くない部屋なのに、結構良い値段します。しかもリゾート料金も高い。なので今回は定宿をあきらめて、PKにしました。
シェラトンのWebから予約を入れましたが、ハイフロア・オーシャンビューに無料アップグレードという料金で、$150。26階で、ウェスティン越しにワイキキビーチが目の前です。お隣のハイアットに邪魔されて、ダイアモンドヘッドは見えませんが、まぁこの部屋なら文句ありません。
口コミを見ると、結構ダメダメという意見も多いのですが、どうやら部屋のカテゴリーにかなり左右されるようです。建物も古いですしね。次回、もしまた泊まるなら、やはりカテゴリーにこだわった方が良いのかもしれません。
不妊治療をした妹がどうやら無事に着床したらしい、というのは昨年の夏に書いたのですが、着床して育ったのはなんと3つで、"maybe triple" が正解でした。
妊娠糖尿だの長引くつわりだのに耐え、大事に大事に育てて、4月に無事帝王切開で出産しました。34週だったかな。すぐさまホノルルへ飛んで、出産翌朝にNICUにいる赤ちゃんたちに会ったのですが、想定の範囲内でしか問題は起こらず、一安心でした。
押し出されるようにNICUを退院して、それからはもうバタバタ大騒ぎが続いたようです。母が3ヶ月弱手伝いに行きましたが、どこまで手伝いになったのやら。
そんな三つ子ちゃんと娘ちゃんとのご対面が今回の旅の主目的でしたが、ベビーシッターにあやされる赤ちゃんたちを見て、いきなり1歳半の娘が赤ちゃんモードに逆戻りしたのは予想外でした。まだおっぱいが離せない娘ですが、その回数が急増(苦笑)。ママは大変でした。
三つ子ちゃんは、すでに何となくキャラクターができあがっていて、結構楽しませてもらいました。女・男・女の3人きょうだい(って、この場合、どの漢字をあてはめるんだろう?)ですが、長女はかなりスマート(頭が良い、という意味で)なしっかり屋さん、長男は我が道を行くマイペース屋さん、次女は実はみんなを仕切るボスちゃんでちゃっかり屋さん。多分、3人の生存競争に勝利する次女ちゃんに、ウチの娘は圧倒されるに違いない、というのがみんなの共通認識でした。
その娘ちゃん、前回はワイキキビーチで波をかぶってギャン泣きしましたので、今回はまずプールデビューをもくろみました。
まず準備として、プールサイドを歩いてプールに落ちても大丈夫なように、必ず仰向けになるライフジャケットを購入しました。
色々検索して、高階救命器具のTK-55B(TK55B という記載もあります)のSサイズが最も良さそうだったのですが、売り切れのお店が多くて入手に難渋しました。今は楽天を検索するといくつか見つかるのがうらやましい。
何とか黄色のジャケットを手に入れましたが、これをちゃんと着てくれるのか不安なままホノルルまで担いでいきました(フロートなので小さくたためず、かさばるんですよね)。
着せた瞬間はいやがるそぶりを見せたのですが、フロートに印刷されている犬のイラストを見て、「わんわん、わんわん」と大喜び。そのままの勢いで、プールもいやがらずに無事に初体験終了。
ところが後日、レンタカーを借りてハナウマ・ベイに出かけたら、波の音にびびって(昨年の記憶があったんでしょうか?)、とたんにギャン泣き。入場料を払って入ったハナウマ・ベイなのに(って、実は僕はカマアイナで無料だったのですが)、わずか1時間で退散する羽目になったのでした。
それでも気を取り直して、もう1つのビーチ、カイルア・ビーチ近くのラニカイ・ビーチへ。住宅地のど真ん中にある不思議なビーチでしたが、「天国(=Lani)の海(=Kai)」と呼ばれるだけあって、全米ベストビーチのナンバー1に選ばれたこともあるそうです。
砂浜は確かに綺麗だったのですが、家々の間の路地から海が見えたら、すでに娘はパパにしがみつき、砂浜に着いたらギャン泣き。結局ここも、はるばるドライブしてたどり着いたのに、現地滞在約30分で終わりました。
海は苦手なんですかね。でもさらにおまけがあって、翌日再度ホテルのプールに行ったら、ここでも「プールいやだぁ、入りたくない〜」とギャン泣き。この前楽しんだじゃない、となだめてもダメで、さてこの先彼女は、プールや海を楽しめるのでしょうか?
到着翌日は、朝からワイキキ・ズーにお散歩に行きました。
普段図鑑(といってもイラストですが)でしか動物を知らない娘ちゃんですので、色々見せてあげたい、というのが親の希望だったのですが・・・
ゾウ舎の前では、足下にあるゾウの石像を見て「ぞうさんっ!」のベビーサインをしまくる娘ちゃん。目の前にいるのが本物のゾウさんだってば、と説明しても、あまりの大きさにピンとこなかったようです。長い鼻でえさをとるのを見て、ようやく「ぞうさん」を理解した様子。
一度動物の大きさを理解すると、その先の理解は早く、トラさん、キリンさん、ゼブラさん、と楽しんでいました。ヤギさんとのふれあいコーナーでは、怖いもの知らずに突進して、片っ端からヤギさんをなでまくっていました。かたっぱしからフンを踏みまくってもいましたが(苦笑)。
時間がなくなってしまったからパスしたのですが、今度は水族館に行ってみたいね。
後輩くんに頼まれた「iPhone4 SIM アンロック版」は、ホテル斜め前にあるアップルストアで、実に簡単に入手できました。昨日クレジットカードの請求書が上がっていましたが、32GB 白色の iPhone4 が 61,811円だったそうです。日本国内で入手するよりは、1万円くらい安いかな?
電池がへたって使えなくなった Palm (SONY CLIE TH-55) の代わりに、僕も1台手に入れました。日本国内では WiFi で使うつもりです。E-Mobile の GP01 をタダでもらったので。
ワイケレのアウトレットモールでは、妻は結局、娘ちゃんのものばかりを見ていました。
昼食後、妹は「私は自分の欲しいもの、見に行くね〜」と僕らと別れたので、妻も「私も自分のものを見るかな〜」と言いながら、結局入ったのは「The Children's Place」。するとそこには自分のものを見に行くはずの妹が、長男の服を探してウロウロしていたのでした。
まぁ、2人とも、自分のことより母親業優先、ということなのでしょうか。微笑ましくて好きです。
帰国前夜に妹夫婦が連れて行ってくれたのは、カネオヘにある「ハレイワ・ジョーズ Haleiwa Joe's At Haiku Gardens」。
ノースショアが本店だそうですが、カネオヘ店もワイキキに近いですから、かなりの人気なのだそうです。
ここのプライムリブがすごいので、一度お兄ちゃんに食べさせたい、ということでした。
近くに住む妹の義妹夫婦(と言っても僕より年上 笑)も合流したのですが、このお店は「first come, first served」(=予約不可)だそうで、数量限定のプライムリブを食べたければ、夕方6時にお店に入らないと厳しいのだとか。
プライムリブは無事に注文できたのですが、「side dish は?」と言いながら、誰も注文しない。あとでお肉が届いて、その理由に納得しました。厚みもすごいし、大きさも大きなお皿からはみ出しそうでした。うわぁ、すごい。
食べきれなければ持って帰れるって、まぁそうでしょうねぇ、普通は食べきれないと思います。ついでに、メニューには「時価」って書かれていましたが、いくらするんだろう、と思わず小市民的に心配したのでした。
今回は、割とワイキキから離れず、のんびり散歩したり、ウィンドウショッピングしたりの旅行でした。
最近はウォールマートだのコスコだのサムズクラブだのと、買い物中心の旅行が多かったので、久々にのんびりしたハワイ旅行だったような気がします。
妻は「毎年同じところじゃつまらない」と言っていますが、来年は2歳半になる娘ちゃんと、ドールプランテーションとかシーライフパークも楽しいんじゃないかなぁ、と思ったりもします。ハワイの運転免許証更新の時までお預けでも良いですけどね。
最近、道路挟んだ向かい側のホテルは、ウェスティンに変わって値上がりしているような気がします。大して良くない部屋なのに、結構良い値段します。しかもリゾート料金も高い。なので今回は定宿をあきらめて、PKにしました。
シェラトンのWebから予約を入れましたが、ハイフロア・オーシャンビューに無料アップグレードという料金で、$150。26階で、ウェスティン越しにワイキキビーチが目の前です。お隣のハイアットに邪魔されて、ダイアモンドヘッドは見えませんが、まぁこの部屋なら文句ありません。
口コミを見ると、結構ダメダメという意見も多いのですが、どうやら部屋のカテゴリーにかなり左右されるようです。建物も古いですしね。次回、もしまた泊まるなら、やはりカテゴリーにこだわった方が良いのかもしれません。
不妊治療をした妹がどうやら無事に着床したらしい、というのは昨年の夏に書いたのですが、着床して育ったのはなんと3つで、"maybe triple" が正解でした。
妊娠糖尿だの長引くつわりだのに耐え、大事に大事に育てて、4月に無事帝王切開で出産しました。34週だったかな。すぐさまホノルルへ飛んで、出産翌朝にNICUにいる赤ちゃんたちに会ったのですが、想定の範囲内でしか問題は起こらず、一安心でした。
押し出されるようにNICUを退院して、それからはもうバタバタ大騒ぎが続いたようです。母が3ヶ月弱手伝いに行きましたが、どこまで手伝いになったのやら。
そんな三つ子ちゃんと娘ちゃんとのご対面が今回の旅の主目的でしたが、ベビーシッターにあやされる赤ちゃんたちを見て、いきなり1歳半の娘が赤ちゃんモードに逆戻りしたのは予想外でした。まだおっぱいが離せない娘ですが、その回数が急増(苦笑)。ママは大変でした。
三つ子ちゃんは、すでに何となくキャラクターができあがっていて、結構楽しませてもらいました。女・男・女の3人きょうだい(って、この場合、どの漢字をあてはめるんだろう?)ですが、長女はかなりスマート(頭が良い、という意味で)なしっかり屋さん、長男は我が道を行くマイペース屋さん、次女は実はみんなを仕切るボスちゃんでちゃっかり屋さん。多分、3人の生存競争に勝利する次女ちゃんに、ウチの娘は圧倒されるに違いない、というのがみんなの共通認識でした。
その娘ちゃん、前回はワイキキビーチで波をかぶってギャン泣きしましたので、今回はまずプールデビューをもくろみました。
まず準備として、プールサイドを歩いてプールに落ちても大丈夫なように、必ず仰向けになるライフジャケットを購入しました。
色々検索して、高階救命器具のTK-55B(TK55B という記載もあります)のSサイズが最も良さそうだったのですが、売り切れのお店が多くて入手に難渋しました。今は楽天を検索するといくつか見つかるのがうらやましい。
何とか黄色のジャケットを手に入れましたが、これをちゃんと着てくれるのか不安なままホノルルまで担いでいきました(フロートなので小さくたためず、かさばるんですよね)。
着せた瞬間はいやがるそぶりを見せたのですが、フロートに印刷されている犬のイラストを見て、「わんわん、わんわん」と大喜び。そのままの勢いで、プールもいやがらずに無事に初体験終了。
ところが後日、レンタカーを借りてハナウマ・ベイに出かけたら、波の音にびびって(昨年の記憶があったんでしょうか?)、とたんにギャン泣き。入場料を払って入ったハナウマ・ベイなのに(って、実は僕はカマアイナで無料だったのですが)、わずか1時間で退散する羽目になったのでした。
それでも気を取り直して、もう1つのビーチ、カイルア・ビーチ近くのラニカイ・ビーチへ。住宅地のど真ん中にある不思議なビーチでしたが、「天国(=Lani)の海(=Kai)」と呼ばれるだけあって、全米ベストビーチのナンバー1に選ばれたこともあるそうです。
砂浜は確かに綺麗だったのですが、家々の間の路地から海が見えたら、すでに娘はパパにしがみつき、砂浜に着いたらギャン泣き。結局ここも、はるばるドライブしてたどり着いたのに、現地滞在約30分で終わりました。
海は苦手なんですかね。でもさらにおまけがあって、翌日再度ホテルのプールに行ったら、ここでも「プールいやだぁ、入りたくない〜」とギャン泣き。この前楽しんだじゃない、となだめてもダメで、さてこの先彼女は、プールや海を楽しめるのでしょうか?
到着翌日は、朝からワイキキ・ズーにお散歩に行きました。
普段図鑑(といってもイラストですが)でしか動物を知らない娘ちゃんですので、色々見せてあげたい、というのが親の希望だったのですが・・・
ゾウ舎の前では、足下にあるゾウの石像を見て「ぞうさんっ!」のベビーサインをしまくる娘ちゃん。目の前にいるのが本物のゾウさんだってば、と説明しても、あまりの大きさにピンとこなかったようです。長い鼻でえさをとるのを見て、ようやく「ぞうさん」を理解した様子。
一度動物の大きさを理解すると、その先の理解は早く、トラさん、キリンさん、ゼブラさん、と楽しんでいました。ヤギさんとのふれあいコーナーでは、怖いもの知らずに突進して、片っ端からヤギさんをなでまくっていました。かたっぱしからフンを踏みまくってもいましたが(苦笑)。
時間がなくなってしまったからパスしたのですが、今度は水族館に行ってみたいね。
後輩くんに頼まれた「iPhone4 SIM アンロック版」は、ホテル斜め前にあるアップルストアで、実に簡単に入手できました。昨日クレジットカードの請求書が上がっていましたが、32GB 白色の iPhone4 が 61,811円だったそうです。日本国内で入手するよりは、1万円くらい安いかな?
電池がへたって使えなくなった Palm (SONY CLIE TH-55) の代わりに、僕も1台手に入れました。日本国内では WiFi で使うつもりです。E-Mobile の GP01 をタダでもらったので。
ワイケレのアウトレットモールでは、妻は結局、娘ちゃんのものばかりを見ていました。
昼食後、妹は「私は自分の欲しいもの、見に行くね〜」と僕らと別れたので、妻も「私も自分のものを見るかな〜」と言いながら、結局入ったのは「The Children's Place」。するとそこには自分のものを見に行くはずの妹が、長男の服を探してウロウロしていたのでした。
まぁ、2人とも、自分のことより母親業優先、ということなのでしょうか。微笑ましくて好きです。
帰国前夜に妹夫婦が連れて行ってくれたのは、カネオヘにある「ハレイワ・ジョーズ Haleiwa Joe's At Haiku Gardens」。
ノースショアが本店だそうですが、カネオヘ店もワイキキに近いですから、かなりの人気なのだそうです。
ここのプライムリブがすごいので、一度お兄ちゃんに食べさせたい、ということでした。
近くに住む妹の義妹夫婦(と言っても僕より年上 笑)も合流したのですが、このお店は「first come, first served」(=予約不可)だそうで、数量限定のプライムリブを食べたければ、夕方6時にお店に入らないと厳しいのだとか。
プライムリブは無事に注文できたのですが、「side dish は?」と言いながら、誰も注文しない。あとでお肉が届いて、その理由に納得しました。厚みもすごいし、大きさも大きなお皿からはみ出しそうでした。うわぁ、すごい。
食べきれなければ持って帰れるって、まぁそうでしょうねぇ、普通は食べきれないと思います。ついでに、メニューには「時価」って書かれていましたが、いくらするんだろう、と思わず小市民的に心配したのでした。
今回は、割とワイキキから離れず、のんびり散歩したり、ウィンドウショッピングしたりの旅行でした。
最近はウォールマートだのコスコだのサムズクラブだのと、買い物中心の旅行が多かったので、久々にのんびりしたハワイ旅行だったような気がします。
妻は「毎年同じところじゃつまらない」と言っていますが、来年は2歳半になる娘ちゃんと、ドールプランテーションとかシーライフパークも楽しいんじゃないかなぁ、と思ったりもします。ハワイの運転免許証更新の時までお預けでも良いですけどね。
2011年08月25日
夏の終わり
数日続いた雨がちな日々が終わり、また暑くなるのかな、と思っていたのですが。
空には真っ黒な雲。暑い昼下がりにいきなりの雷とゲリラ豪雨で、気温は一気に低下していました。でも上がった後に、微妙な蒸し暑さが残るあたり、やはりまだ夏は終わってない。
それでも、盛夏の頃、青い空には確かに入道雲があって、夏の空だなぁ、と思ったものですが、何となくこの頃は、少し違った空の高さを感じます。
これ以上ない(?)田舎にある職場周辺では、とんぼだの、良く分からない羽虫だのが飛び交い始めています。高速道路走ると、まだまだフロント周りが虫だらけになりそう。
毎年夏が終わって手にする夏期休暇ですが、今年の夏(秋)休みまであと3週間を切って、ちょっとテンションが上がってきました。
もっともその前に、小児救急のお手伝いが嵐のように吹きまくるんですが。
夏休みの前哨戦は、今週末の神戸・学会出張なのですが、土曜の夜は11時まで小児救急をお手伝いしますから、日曜日の早朝に飛ぶことになりました。神戸便はうまく取れなくて、朝7時発の伊丹行き。っていうことは、家を何時に出るんだ?(涙)
某友人が「閉鎖前の最後のチャンスだから」と訪れた羽田空港 北ピアのANAラウンジは、多分間違いなくたどり着けない気がします。というか、ちゃんと飛行機に間に合うのか?
本番の夏休みは、今年も昨年に続きホノルルへ行くことになっています。
妹にこの4月、三つ子ちゃんが生まれました。僕は生まれた翌日にホノルルへ飛んで、NICUに入院中のちびちゃん達に会ってきたのですが(そういえば、それをブログに書くの、忘れてました 苦笑)、娘を連れて行って、いとこ達とご対面の予定です。おそろいの服を着て記念撮影ですが、さてこの先この4人を仕切るのは、1年早く生まれたウチの娘なのか、3人きょうだい(女の子・男の子・女の子)の末っ子ながらもっとも体の大きな次女ちゃんなのか、どちらなのでしょうか。きょうだい3人の争いは激しそうだから、それを勝ち抜く子にウチは負けそうな気がする・・・
ワイキキでのんびりした夏休みを予定していますが、すでに後輩君から、「SIMアンロックの白い iPhone を買ってきてくれ」と依頼があります。僕も欲しいんだよね〜 どうやら最近は、オンラインストアだけでなく、リアルストアでも入手可能だそうです。円高の今がお買い得?
ついにバッテリーがお亡くなりになった Palm( SONY の CLIE って まだ使ってたんだぁ 笑)の代わりにしようと思っています。Treo 650 はまだ使えるんだけれど、もう最近は、Palm 系のソフトやデータ、アップデートされないもんねぇ。仕事に使えなくなってきました。
旅行を前に、英語のブラッシュアップも、モチベーションが上がっています。
そういえば、昔英語ネタをこのブログに書いたなぁ、と検索してみました。「英語 その1」と「英語 その2」 なんと2005年12月の書き込みでした。
この中に出てきたアリスコーポレーションの「マジックリスニング」、久々に引っ張り出してきて聞き始めています(Webにつながらないのはなぜだろう? まさか倒産したとか・・・)。
通勤の車内では東京SIM外語研究所のスーパーエルマー「CBSコース」を聞いています。結構良いのですが、思わず聞き込むと運転がおろそかになるのが難点です(苦笑)。多分、「ただ聞くだけで英語が話せるようになる」とうたうCMの商品よりは、遙かに良いのではないか、と思っています。
最近、発音をしっかり聞き分けられる「「リスニングパワー」という新しい教材を手に入れて試しています。やはり聞き取れる周波数に注目しているそうで、僕は見ていないのですが、テレビで紹介されたこともあるそうです。
これ、なかなか良いです。確かに、微妙な音を聞き分けられるようになってきました。沙綾さん、いかがですか?
ホノルル行くまでに、「英語耳」のブラッシュアップ、できるかな? 楽しみです。
8月もあと1週間。
皆さんの努力と犠牲で、この夏も何とか計画停電なしにのりきれそうですね。
空には真っ黒な雲。暑い昼下がりにいきなりの雷とゲリラ豪雨で、気温は一気に低下していました。でも上がった後に、微妙な蒸し暑さが残るあたり、やはりまだ夏は終わってない。
それでも、盛夏の頃、青い空には確かに入道雲があって、夏の空だなぁ、と思ったものですが、何となくこの頃は、少し違った空の高さを感じます。
これ以上ない(?)田舎にある職場周辺では、とんぼだの、良く分からない羽虫だのが飛び交い始めています。高速道路走ると、まだまだフロント周りが虫だらけになりそう。
毎年夏が終わって手にする夏期休暇ですが、今年の夏(秋)休みまであと3週間を切って、ちょっとテンションが上がってきました。
もっともその前に、小児救急のお手伝いが嵐のように吹きまくるんですが。
夏休みの前哨戦は、今週末の神戸・学会出張なのですが、土曜の夜は11時まで小児救急をお手伝いしますから、日曜日の早朝に飛ぶことになりました。神戸便はうまく取れなくて、朝7時発の伊丹行き。っていうことは、家を何時に出るんだ?(涙)
某友人が「閉鎖前の最後のチャンスだから」と訪れた羽田空港 北ピアのANAラウンジは、多分間違いなくたどり着けない気がします。というか、ちゃんと飛行機に間に合うのか?
本番の夏休みは、今年も昨年に続きホノルルへ行くことになっています。
妹にこの4月、三つ子ちゃんが生まれました。僕は生まれた翌日にホノルルへ飛んで、NICUに入院中のちびちゃん達に会ってきたのですが(そういえば、それをブログに書くの、忘れてました 苦笑)、娘を連れて行って、いとこ達とご対面の予定です。おそろいの服を着て記念撮影ですが、さてこの先この4人を仕切るのは、1年早く生まれたウチの娘なのか、3人きょうだい(女の子・男の子・女の子)の末っ子ながらもっとも体の大きな次女ちゃんなのか、どちらなのでしょうか。きょうだい3人の争いは激しそうだから、それを勝ち抜く子にウチは負けそうな気がする・・・
ワイキキでのんびりした夏休みを予定していますが、すでに後輩君から、「SIMアンロックの白い iPhone を買ってきてくれ」と依頼があります。僕も欲しいんだよね〜 どうやら最近は、オンラインストアだけでなく、リアルストアでも入手可能だそうです。円高の今がお買い得?
ついにバッテリーがお亡くなりになった Palm( SONY の CLIE って まだ使ってたんだぁ 笑)の代わりにしようと思っています。Treo 650 はまだ使えるんだけれど、もう最近は、Palm 系のソフトやデータ、アップデートされないもんねぇ。仕事に使えなくなってきました。
旅行を前に、英語のブラッシュアップも、モチベーションが上がっています。
そういえば、昔英語ネタをこのブログに書いたなぁ、と検索してみました。「英語 その1」と「英語 その2」 なんと2005年12月の書き込みでした。
この中に出てきたアリスコーポレーションの「マジックリスニング」、久々に引っ張り出してきて聞き始めています(Webにつながらないのはなぜだろう? まさか倒産したとか・・・)。
通勤の車内では東京SIM外語研究所のスーパーエルマー「CBSコース」を聞いています。結構良いのですが、思わず聞き込むと運転がおろそかになるのが難点です(苦笑)。多分、「ただ聞くだけで英語が話せるようになる」とうたうCMの商品よりは、遙かに良いのではないか、と思っています。
最近、発音をしっかり聞き分けられる「「リスニングパワー」という新しい教材を手に入れて試しています。やはり聞き取れる周波数に注目しているそうで、僕は見ていないのですが、テレビで紹介されたこともあるそうです。
これ、なかなか良いです。確かに、微妙な音を聞き分けられるようになってきました。沙綾さん、いかがですか?
ホノルル行くまでに、「英語耳」のブラッシュアップ、できるかな? 楽しみです。
8月もあと1週間。
皆さんの努力と犠牲で、この夏も何とか計画停電なしにのりきれそうですね。
2011年07月23日
ケサラ〜CHE SARA〜
定宿の近く、アソークと Soi 19 との間に最近できた Health Land Asoke で2時間まったりとマッサージを受けて外に出たら、パラパラと小雨が降り始めていました。空を見上げると雲は黒く低くて、これは本格的に一雨来るのかなぁ、と思いながら何気なく腕時計を見て気づきました。そうか、もう飛行機は、超絶雨男の後輩君を乗せて、成田空港を離陸した頃なんだ。
「連休は特に予定ないんですけどね」と言う後輩君に、航空券更新のために家族でるるぶするんだけど、一緒に行く? と誘ってみたら、ある日突然「安いチケット、取れました」と連絡が来たのでした。
一緒の旅行は、ちょっと久しぶりかな?
土曜の午前中まで仕事な彼とは異なり、金曜日を3時間早退して夕方便で飛びました。
ゲートは32番。ANAラウンジよりもUAのRCC(Red Carpet Club) の方が遙かに近いのは、前回と同様です。ファミリールームがあるそうで、リクエストしたら、なんとプレイルーム兼用の個室でした。
ANAラウンジのお座敷も良いですが、このファミリールーム、なかなか素敵です。姫にゆっくり夕食を食べさせることができました。それでも機内食が配られたら、寝ていたはずなのにむっくり起き上がって、「ちょーだい」のベビーサインをするあたり、欲張りなんだか、食い意地が張ってるんだか。
空港着は定時でした。
日本時間では結構深夜なので、なるべく早く確実に安全にホテルに着きたい。1人身なら出発階に上がってタクシーを捕まえるのですが、たまにぼったり、変なところに連れて行かれそうになるので、夜遅くに女子供連れでそれは避けたいところです。到着階から下に降りて正規のタクシー待ちするかなぁ、と思ったら、ホテルのリムジンサービスを発見。値段は高速料金込みで、通常のタクシーの倍。ベンツの送迎なら、妥協範囲内です。姫は眠かったはずなのですが、車内では通り過ぎる夜景を指さして、「あっ あっ!」と大騒ぎ。結局ホテル到着後も夜中遅くまで部屋の中を歩き回って、パパ・ママを疲れさせてくれたのでした。
翌朝、姫は夜中までハイテンションだった影響か、いつもより2時間はお寝坊。
のんびり朝食のバイキングを食べて、会田さんご夫妻のオフィスへ。いつものように、とりとめのない話題で会話はつきず、結構長居をしてしまいました。
シーロム・コンプレックスのS&Pでカオ・クルック・ガピやパッタイを食べて、地下鉄でホテルへ戻り一休み。
姫はいきなりお昼寝モードに突入したので、そのあいだに僕は Health Land Asoke でマッサージです。Health Land はサトーン・ヌア店によく通っていましたが、どのおばちゃん(時々おねーさん)にあたっても、はずれがないのが気に入っていました。ただ、サトーンは2時間 450バーツなのに、アソークでは 550バーツと言われました。後で値段の違いに気づいたのですが、値上がりしたのか、外国人価格なのか、どちらなのでしょう? 余計な100バーツを取られたのなら、何となく悔しい(苦笑)。
夕食を食べようと出かけたら、サイアム・スクウェアでは雨はほとんど上がっていました。「スカラ」の場所を忘れてましたが、Novotel Hotel のコンシェルジェに soi の番号を確認して、無事に到着。フカヒレやアワビを堪能しました。カニチャーハンは姫も気に入ったようです。
ホテルに戻り、妻が SPA を堪能している間、姫のお相手。長風呂をしたと思ったのに、出てみたら SPA の終了にまだ80分ある。ぐずる姫をようやく寝かしつけたら、一緒に寝落ちしていました。
日曜の朝、いつもより1時間の寝坊で姫がお目覚め。
パソコンを立ち上げると、後輩君から無事に到着、のメールが届いていました。
朝食後ロビーで合流して、タクシーで中華街へ。
彼はクリニックで使うシールだの、開院1周年記念(おめでとう!)に配るノベルティーグッズ(の象さん携帯ストラップ)を大量買いしたいそうで、まずはサンペンレーン市場へ。お目当てのシール問屋さんは休日だったようですが、ほぼ目的のグッズを大量に買い込んで、満足だったようです。午前中だから人は少ない、とはいうものの、狭い通路に人がごった返している中、姫のバギーを押しながらスイスイ進むあたり、なかなか頼もしい(便利で助かる、とも言う 笑)。
南星でフカヒレを食べた後、今度は、隔離部屋で子供たちにDVD見せるのに使いたいから、とポータブルDVDプレーヤーを求めて泥棒市場へ。
さすがに昼ともなると人出はさらに増え、露店が並ぶ市場への道筋は身動きが取れなくなりつつあります。あちこちにある人だかりの山をのぞくと、アダルト系DVDだの大人のオモチャだのの屋台で、こんな真っ昼間から良いんか? と突っ込んでみたい。個人的には興味あったんですけど(爆)。
泥棒市場では、姫ご一行はKFCでジュース飲みながら一休み。後輩君は、無事に希望のリージョンフリー・ポータブルDVDプレーヤーと、大量のビデオCDだかDVDだかを手に入れご満悦。DVDプレーヤーは 2,300バーツですから、安いよね。
どちらの市場も、ゆっくり見て回りたいけど、そうなるとバギーは邪魔ですね。かといって、近くにバギーを預けられるところがあるとも思えないし、持って行くのかホテルに置いていくのか悩むところです。
タクシーでサイアム・スクウェアに出て、後輩君のマイミクさんのお店(Hanako)経由マンゴータンゴー行き。お店の場所が Soi 4 近くに変わったなんて、知らなかったよ。
マンゴータンゴー食べて満足して、MBKを少し冷やかしてホテルに戻りました。
夕食は地下鉄サムヤーン駅近くのソンブーンで「殻なしプーパッポンカリー」を食べようと思っていたのですが、約束の時間近くにホテルを出たら、昼寝(夕寝?)から目覚めた姫が思いっきりグズグズ。どうにも落ち着かせられないので、レストランをあきらめ、ホテルでルームサービスに変更しました。
後輩君もお誘いして、3人で Yum Woon Sen、Tom Yum Goong、Poh Pia Thord、Gueng Kiew Waan、Khao Soi Gai を食べてご飯3つとって、ビアシン1本で 1,670バーツ。特にカオソーイは大変美味で、お腹はいっぱいだし、部屋でのんびりお食事だし、コストパフォーマンス悪くないねぇと一同感動しました。
まぁ、彼はさらに夜の街へ繰り出して、カオマンガイ食べたらしいですが。
翌朝は5時(日本時間の7時)起床、5時半にロビーで合流。かなり飛ばすタクシーのおかげで案外早く空港到着。
今回はANAのカウンターで、CIQのVIPレーン Fast Track のチケットをゲットし、手持ちの1枚を後輩君に貸して、混雑するCIQを横目に素早く出国。
後輩君が手に入れた Tiger Balm の Neck & Shoulder Rub BOOST が良さそうなので、僕も King Power で購入しました。270バーツ。BOOST じゃないのが 250バーツ。マッサージで「タイガーバームつけて?」と頼むと塗ってくれるのが、多分これでしょうね。においが同じでした。
機内では何となく遊び、しっかりおっぱい飲んで、寝たり起きたり、の姫を横目に、後輩君が「なんで見ないんですかぁ! お勧めっすよ」と強く推奨した「毎日かあさん」を見ました。
確か昔、彼に原作を借りて読んだ気がします(が、もう1回1〜5巻貸して? 笑)。
小泉今日子のお母さん、とても雰囲気出てましたね。子役2人がとてもかわいいですね。
でも、後半は本当に泣けました。玄関に脱ぎ散らかされた靴や、誰もいない食卓を写真で撮り、最後にその食卓に座る自分の顔を1枚。「自分」という存在は、間違いなく「子供たち」に受け継がれてはいるものの、それとは別に、自分が生きた証、欲しかったんだろうねぇ。
時々うるうるきてましたが、エンディングに流れた「ケサラ〜CHE SARA〜」を聴いて、もう号泣でした。少し遅れて見始めたお隣さんも、時々目に指を当てていましたから、きっと同じだったんでしょうね。
ケ・サラは、「僕たちの人生は 平和と自由もとめて 生きてゆけばいいのさ」を学生の頃に聞いた(歌った?)記憶がありますが、木村充揮さんのこのケ・サラも良いですね。
映画とは全く関係なく作られた歌だそうですが、映画にとても良く合っていました。
エンディングロールに流れる写真を見ながらこの歌を聴くと、胸が締め付けられます。
成田は定刻着。
夕食を一緒して、後輩君と別れました。
慌ただしかったような、それでいて姫のペースに合わせてのんびりだったような、不思議な旅でした。
後輩君との旅も久しぶりで、これもまた楽しいものでした。
気心が知れた人たちとの旅は、楽しいですね。
また行きたいね。
「連休は特に予定ないんですけどね」と言う後輩君に、航空券更新のために家族でるるぶするんだけど、一緒に行く? と誘ってみたら、ある日突然「安いチケット、取れました」と連絡が来たのでした。
一緒の旅行は、ちょっと久しぶりかな?
土曜の午前中まで仕事な彼とは異なり、金曜日を3時間早退して夕方便で飛びました。
ゲートは32番。ANAラウンジよりもUAのRCC(Red Carpet Club) の方が遙かに近いのは、前回と同様です。ファミリールームがあるそうで、リクエストしたら、なんとプレイルーム兼用の個室でした。
ANAラウンジのお座敷も良いですが、このファミリールーム、なかなか素敵です。姫にゆっくり夕食を食べさせることができました。それでも機内食が配られたら、寝ていたはずなのにむっくり起き上がって、「ちょーだい」のベビーサインをするあたり、欲張りなんだか、食い意地が張ってるんだか。
空港着は定時でした。
日本時間では結構深夜なので、なるべく早く確実に安全にホテルに着きたい。1人身なら出発階に上がってタクシーを捕まえるのですが、たまにぼったり、変なところに連れて行かれそうになるので、夜遅くに女子供連れでそれは避けたいところです。到着階から下に降りて正規のタクシー待ちするかなぁ、と思ったら、ホテルのリムジンサービスを発見。値段は高速料金込みで、通常のタクシーの倍。ベンツの送迎なら、妥協範囲内です。姫は眠かったはずなのですが、車内では通り過ぎる夜景を指さして、「あっ あっ!」と大騒ぎ。結局ホテル到着後も夜中遅くまで部屋の中を歩き回って、パパ・ママを疲れさせてくれたのでした。
翌朝、姫は夜中までハイテンションだった影響か、いつもより2時間はお寝坊。
のんびり朝食のバイキングを食べて、会田さんご夫妻のオフィスへ。いつものように、とりとめのない話題で会話はつきず、結構長居をしてしまいました。
シーロム・コンプレックスのS&Pでカオ・クルック・ガピやパッタイを食べて、地下鉄でホテルへ戻り一休み。
姫はいきなりお昼寝モードに突入したので、そのあいだに僕は Health Land Asoke でマッサージです。Health Land はサトーン・ヌア店によく通っていましたが、どのおばちゃん(時々おねーさん)にあたっても、はずれがないのが気に入っていました。ただ、サトーンは2時間 450バーツなのに、アソークでは 550バーツと言われました。後で値段の違いに気づいたのですが、値上がりしたのか、外国人価格なのか、どちらなのでしょう? 余計な100バーツを取られたのなら、何となく悔しい(苦笑)。
夕食を食べようと出かけたら、サイアム・スクウェアでは雨はほとんど上がっていました。「スカラ」の場所を忘れてましたが、Novotel Hotel のコンシェルジェに soi の番号を確認して、無事に到着。フカヒレやアワビを堪能しました。カニチャーハンは姫も気に入ったようです。
ホテルに戻り、妻が SPA を堪能している間、姫のお相手。長風呂をしたと思ったのに、出てみたら SPA の終了にまだ80分ある。ぐずる姫をようやく寝かしつけたら、一緒に寝落ちしていました。
日曜の朝、いつもより1時間の寝坊で姫がお目覚め。
パソコンを立ち上げると、後輩君から無事に到着、のメールが届いていました。
朝食後ロビーで合流して、タクシーで中華街へ。
彼はクリニックで使うシールだの、開院1周年記念(おめでとう!)に配るノベルティーグッズ(の象さん携帯ストラップ)を大量買いしたいそうで、まずはサンペンレーン市場へ。お目当てのシール問屋さんは休日だったようですが、ほぼ目的のグッズを大量に買い込んで、満足だったようです。午前中だから人は少ない、とはいうものの、狭い通路に人がごった返している中、姫のバギーを押しながらスイスイ進むあたり、なかなか頼もしい(便利で助かる、とも言う 笑)。
南星でフカヒレを食べた後、今度は、隔離部屋で子供たちにDVD見せるのに使いたいから、とポータブルDVDプレーヤーを求めて泥棒市場へ。
さすがに昼ともなると人出はさらに増え、露店が並ぶ市場への道筋は身動きが取れなくなりつつあります。あちこちにある人だかりの山をのぞくと、アダルト系DVDだの大人のオモチャだのの屋台で、こんな真っ昼間から良いんか? と突っ込んでみたい。個人的には興味あったんですけど(爆)。
泥棒市場では、姫ご一行はKFCでジュース飲みながら一休み。後輩君は、無事に希望のリージョンフリー・ポータブルDVDプレーヤーと、大量のビデオCDだかDVDだかを手に入れご満悦。DVDプレーヤーは 2,300バーツですから、安いよね。
どちらの市場も、ゆっくり見て回りたいけど、そうなるとバギーは邪魔ですね。かといって、近くにバギーを預けられるところがあるとも思えないし、持って行くのかホテルに置いていくのか悩むところです。
タクシーでサイアム・スクウェアに出て、後輩君のマイミクさんのお店(Hanako)経由マンゴータンゴー行き。お店の場所が Soi 4 近くに変わったなんて、知らなかったよ。
マンゴータンゴー食べて満足して、MBKを少し冷やかしてホテルに戻りました。
夕食は地下鉄サムヤーン駅近くのソンブーンで「殻なしプーパッポンカリー」を食べようと思っていたのですが、約束の時間近くにホテルを出たら、昼寝(夕寝?)から目覚めた姫が思いっきりグズグズ。どうにも落ち着かせられないので、レストランをあきらめ、ホテルでルームサービスに変更しました。
後輩君もお誘いして、3人で Yum Woon Sen、Tom Yum Goong、Poh Pia Thord、Gueng Kiew Waan、Khao Soi Gai を食べてご飯3つとって、ビアシン1本で 1,670バーツ。特にカオソーイは大変美味で、お腹はいっぱいだし、部屋でのんびりお食事だし、コストパフォーマンス悪くないねぇと一同感動しました。
まぁ、彼はさらに夜の街へ繰り出して、カオマンガイ食べたらしいですが。
翌朝は5時(日本時間の7時)起床、5時半にロビーで合流。かなり飛ばすタクシーのおかげで案外早く空港到着。
今回はANAのカウンターで、CIQのVIPレーン Fast Track のチケットをゲットし、手持ちの1枚を後輩君に貸して、混雑するCIQを横目に素早く出国。
後輩君が手に入れた Tiger Balm の Neck & Shoulder Rub BOOST が良さそうなので、僕も King Power で購入しました。270バーツ。BOOST じゃないのが 250バーツ。マッサージで「タイガーバームつけて?」と頼むと塗ってくれるのが、多分これでしょうね。においが同じでした。
機内では何となく遊び、しっかりおっぱい飲んで、寝たり起きたり、の姫を横目に、後輩君が「なんで見ないんですかぁ! お勧めっすよ」と強く推奨した「毎日かあさん」を見ました。
確か昔、彼に原作を借りて読んだ気がします(が、もう1回1〜5巻貸して? 笑)。
小泉今日子のお母さん、とても雰囲気出てましたね。子役2人がとてもかわいいですね。
でも、後半は本当に泣けました。玄関に脱ぎ散らかされた靴や、誰もいない食卓を写真で撮り、最後にその食卓に座る自分の顔を1枚。「自分」という存在は、間違いなく「子供たち」に受け継がれてはいるものの、それとは別に、自分が生きた証、欲しかったんだろうねぇ。
時々うるうるきてましたが、エンディングに流れた「ケサラ〜CHE SARA〜」を聴いて、もう号泣でした。少し遅れて見始めたお隣さんも、時々目に指を当てていましたから、きっと同じだったんでしょうね。
ケ・サラは、「僕たちの人生は 平和と自由もとめて 生きてゆけばいいのさ」を学生の頃に聞いた(歌った?)記憶がありますが、木村充揮さんのこのケ・サラも良いですね。
映画とは全く関係なく作られた歌だそうですが、映画にとても良く合っていました。
エンディングロールに流れる写真を見ながらこの歌を聴くと、胸が締め付けられます。
成田は定刻着。
夕食を一緒して、後輩君と別れました。
慌ただしかったような、それでいて姫のペースに合わせてのんびりだったような、不思議な旅でした。
後輩君との旅も久しぶりで、これもまた楽しいものでした。
気心が知れた人たちとの旅は、楽しいですね。
また行きたいね。
2011年06月11日
瞳を閉じて
初めてこのユーミンの曲を聴いたとき、「瞳って閉じられないじゃん」と突っ込んだことを良く覚えています。
医学的には「瞳=瞳孔」だと思っていましたので、広がったり(散瞳)縮んだり(縮瞳)することはあっても、自分の意思で閉じることはできないよね、と思ったわけですが、先日久しぶりにこの曲を聴いて、ふと辞書を引いてみました。
「瞳 1)眼球の中心にある黒く丸い部分。瞳孔。 2)目。『つぶらな−』『−を輝かせる』」 あらぁ? 目という意味もあるんですか。そう言われれば、そうなのかな、と弱気になる。
歌そのものは、長崎の県立高校分校の校歌を作って欲しい、と深夜放送で頼まれてできた、と聞いたことがあります。
今回ぐぐってみたら、長崎県立五島高等学校奈留分校(現 長崎県立奈留高等学校)のことだそうです。記憶違いではなかったらしい。遠くへ行った友人を想う、素敵な曲です。
瞳を閉じて、海の蒼さが浮かぶのなら、それはそれでとても素敵なのですが、最近の僕はというと、むしろ瞳を閉じないとたまらないんだよね、という日々が続いています。
コンタクトを入れた目に感じる、何となくの灼熱感。少し涙目だからなのか、ふと鏡をみたら目尻に白くカサカサ付いている眼脂(目やにとも言う 涙)。きちんと顔を洗っているのに、まるでずぼらに、ちゃんとしていないみたいじゃない。
・・・今年も花粉症のシーズンですね、皆様・・・
ハルガヤもカモガヤも嫌いです。雨が降ればまだましですが、風が吹くと目がゴロゴロします。
幸い、くしゃみも鼻水もないのですが、1ヶ月半くらい、目の症状は続きます。
リザベン点眼薬が手放せません。僕にはどうもパタノール点眼は効きません。
免疫療法(減感作療法)なのかなぁ。ハルガヤ・カモガヤの注射用抗原、手に入るかな? でも痛いのイヤだから、やるなら注射じゃなくて、舌下免疫療法かな。
お会いしたときに目を閉じているからといって、眠いわけでも目を背けたいわけでもありません。どうかご容赦を。
医学的には「瞳=瞳孔」だと思っていましたので、広がったり(散瞳)縮んだり(縮瞳)することはあっても、自分の意思で閉じることはできないよね、と思ったわけですが、先日久しぶりにこの曲を聴いて、ふと辞書を引いてみました。
「瞳 1)眼球の中心にある黒く丸い部分。瞳孔。 2)目。『つぶらな−』『−を輝かせる』」 あらぁ? 目という意味もあるんですか。そう言われれば、そうなのかな、と弱気になる。
歌そのものは、長崎の県立高校分校の校歌を作って欲しい、と深夜放送で頼まれてできた、と聞いたことがあります。
今回ぐぐってみたら、長崎県立五島高等学校奈留分校(現 長崎県立奈留高等学校)のことだそうです。記憶違いではなかったらしい。遠くへ行った友人を想う、素敵な曲です。
瞳を閉じて、海の蒼さが浮かぶのなら、それはそれでとても素敵なのですが、最近の僕はというと、むしろ瞳を閉じないとたまらないんだよね、という日々が続いています。
コンタクトを入れた目に感じる、何となくの灼熱感。少し涙目だからなのか、ふと鏡をみたら目尻に白くカサカサ付いている眼脂(目やにとも言う 涙)。きちんと顔を洗っているのに、まるでずぼらに、ちゃんとしていないみたいじゃない。
・・・今年も花粉症のシーズンですね、皆様・・・
ハルガヤもカモガヤも嫌いです。雨が降ればまだましですが、風が吹くと目がゴロゴロします。
幸い、くしゃみも鼻水もないのですが、1ヶ月半くらい、目の症状は続きます。
リザベン点眼薬が手放せません。僕にはどうもパタノール点眼は効きません。
免疫療法(減感作療法)なのかなぁ。ハルガヤ・カモガヤの注射用抗原、手に入るかな? でも痛いのイヤだから、やるなら注射じゃなくて、舌下免疫療法かな。
お会いしたときに目を閉じているからといって、眠いわけでも目を背けたいわけでもありません。どうかご容赦を。
2011年06月07日
記念樹(メモリアル・トゥリー)
市ヶ谷の駅を出て神田川を渡ると、目の前にシャープの大きなビルがあります。
1階はショールームで、その頃はシャープにしかなかった、LPレコードの両面自動再生機能付きステレオが自由に使えました。予備校の帰り道、たまにちょこっと立ち寄っては、その最新ステレオでお気に入りのLPを聴くのが楽しみでした。LPはそれほどたくさんの数はなかったけれど、時々面白いレコードがあって、それを探し出すのも楽しみでした。
ある日、今日はラジオの公開録音がある、と、やはりそのショールームにはまっていた、高校時代からのご学友が教えてくれました。
司会は鶴太郎さん、ゲストは白鳥座だと言う。それは見に行かなくちゃね〜 と2人で入場整理券を手に入れ、授業を抜け出してショールームに出かけたのでした。
ゲストの白鳥座は、女性ヴォーカル2人だけの出演でしたが、それで十分でした。
阿部恵(あべめぐみ)さんの澄んだ高音と、佐田玲子(さだれいこ)さんの暖かみのある低音と、2人の声を生で聴けるのは、コンサートになど行けない浪人生には貴重な体験。
登場したお2人は、鶴太郎さんのギャグにしばし笑い転げた後、歌声を披露してくれました。
その時に何を歌ったのか、もう遠い記憶の彼方なのですが、確か「記念樹」でした。記憶違いではないか、もはや確かめるすべはありませんが。この歌はライオン奥様劇場の主題歌になったそうですが、それを知ったのは結構あとになってからでした。
ともあれ、当時僕らよりちょっとお姉さんだった「めぐ」の、透き通るような高音にとても憧れていましたから、生で歌声を聞けて幸せだったことは良く覚えています。
Once and only once, and for one only
ただ一度 ただひとりのひとに
あの頃、片想いのくせに1人の女の子を純粋に想い続ける、ということに一生懸命でした。脇目もふらずにただ1人を想えるという自分が、誇らしくさえありました。若干(かなり?)ストイックな自分に酔っていたところはあるかもしれませんが、でも自分ではとても「ピュア」だと思っていました。
その純粋さは、もしかしたら今の時代では「気持ち悪い」と言われてしまうのかもしれませんが、でも多分、そんな純粋さを一度くらいは持ってみても悪くないんじゃないか、と思ったりします。若さ故なのかもしれないけれど。この年になってしまうと無理なんでしょうか。もしかしたら、照れが先に来るのかもしれません。
Once and only once, and for one only
さよなら最初で最后の恋
この恋は最初で最后なんだ、というまでの思い込みは、もちろん若気の至り。実際にはその次にもまた、「この恋は最初で最后なんだ」と思い込み、それが繰り返されるわけですが、振り返ってみればそれはそれで素敵な時間を過ごしたことになるのだろうと思えます。
恋は愛に変わるのか、恋と愛は別なのか。「最后の恋」はいつなんでしょうね。
そういえば大学時代、仲の良かった友人が、「あのワンスなんとかって、なんと言ってるのよ?」と聞いてきたことがありました。
さだまさしが好きで、白鳥座も好きで、パソコンが好きで、なんだか妙に馬の合う同級生でした。
教室の黒板に "Once and only once, and for one only" と書いたとき、不思議そうな、でも何となく意味に心当たりがあるような、微妙な顔つきをしたのを覚えています。みんな青春してたのかなぁ。
彼に白鳥座のカセットテープを借りてダビングしたのは、著作権法違反だって、もう時効ですよね?
先日何気なくメールチェックをしていたら、アマゾンから「白鳥座のLPがCDで復刻されます」とメールが届いていました。
早速楽天でチェックしてみたら、本当に5月18日に発売されました。「白鳥座」と「DENEB」の2枚。紙ジャケットで、中身のライナーノーツもLP当時のものを完全コピーだそうです。少しのためらいもなく、ぽちっとな、しました。
1週間ほど待たされて届いたCDは、LPをミニチュアにしたような印象。紙ジャケットですし、CDはLPレコードが入っているのと同じ半透明・半円の袋に入っています。
通勤の往復の車内でかけてみました。どの歌も、すらすらと一緒に歌えるほど覚えていることに驚きました。昔、カセットテープがすり切れるほど何度も聴いたもんねぇ。
歌詞に出てくるカセットテープにLPレコード、ブックバンドといった言葉は、今や限りなく死語なのだと思います。サッカーの話題が出てくるのは、時代の象徴なのでしょう。Jリーグが始まるまで、サッカーなんてテレビで放映されなかったですもん。
聴いていて、それはそれは懐かしく、いまや間違いなく通り過ぎ去ってしまった青春時代を、とても鮮やかに思い返しました。あんなことがあった。こんなこともあった。あの人に出会えた。この人と別れた。なんだかとても切なくて、涙が出そうなくらい懐かしい日々。
歌を聴きながら青春時代を思い出すのは、その歌を聴いていた時代がまさに青春時代のまっただ中、明日の見えない日々だったからだと思うのですが、ふと気づいたことがひとつ。多分、歌に出てくる主人公たちがみんな、あの頃の僕の年齢と重なるんです。だからなおさら青春時代を思い出すのでしょうね。
青春時代をもう一度生きてみたい、そんな気もしますが、では実現してあげよう、と言われたら、多分断るでしょうね。
やり直せないから、切なくて後悔があって懐かしいのであって、やり直せたらここまで大切には感じないのでしょう。
それになにより、目の前の小さな命と、偶然の上に出会って一緒に歩くことになった命を想うと、間違いなく目の前の現実の方が遙かに大切なのだと感じます。
思い出は、思い出に。
思い返すたびきらめいている日々に。
明日は見えなかったけれど、夢に向かって走っていた自分に。
そして2回目の結婚記念日に。
1階はショールームで、その頃はシャープにしかなかった、LPレコードの両面自動再生機能付きステレオが自由に使えました。予備校の帰り道、たまにちょこっと立ち寄っては、その最新ステレオでお気に入りのLPを聴くのが楽しみでした。LPはそれほどたくさんの数はなかったけれど、時々面白いレコードがあって、それを探し出すのも楽しみでした。
ある日、今日はラジオの公開録音がある、と、やはりそのショールームにはまっていた、高校時代からのご学友が教えてくれました。
司会は鶴太郎さん、ゲストは白鳥座だと言う。それは見に行かなくちゃね〜 と2人で入場整理券を手に入れ、授業を抜け出してショールームに出かけたのでした。
ゲストの白鳥座は、女性ヴォーカル2人だけの出演でしたが、それで十分でした。
阿部恵(あべめぐみ)さんの澄んだ高音と、佐田玲子(さだれいこ)さんの暖かみのある低音と、2人の声を生で聴けるのは、コンサートになど行けない浪人生には貴重な体験。
登場したお2人は、鶴太郎さんのギャグにしばし笑い転げた後、歌声を披露してくれました。
その時に何を歌ったのか、もう遠い記憶の彼方なのですが、確か「記念樹」でした。記憶違いではないか、もはや確かめるすべはありませんが。この歌はライオン奥様劇場の主題歌になったそうですが、それを知ったのは結構あとになってからでした。
ともあれ、当時僕らよりちょっとお姉さんだった「めぐ」の、透き通るような高音にとても憧れていましたから、生で歌声を聞けて幸せだったことは良く覚えています。
Once and only once, and for one only
ただ一度 ただひとりのひとに
あの頃、片想いのくせに1人の女の子を純粋に想い続ける、ということに一生懸命でした。脇目もふらずにただ1人を想えるという自分が、誇らしくさえありました。若干(かなり?)ストイックな自分に酔っていたところはあるかもしれませんが、でも自分ではとても「ピュア」だと思っていました。
その純粋さは、もしかしたら今の時代では「気持ち悪い」と言われてしまうのかもしれませんが、でも多分、そんな純粋さを一度くらいは持ってみても悪くないんじゃないか、と思ったりします。若さ故なのかもしれないけれど。この年になってしまうと無理なんでしょうか。もしかしたら、照れが先に来るのかもしれません。
Once and only once, and for one only
さよなら最初で最后の恋
この恋は最初で最后なんだ、というまでの思い込みは、もちろん若気の至り。実際にはその次にもまた、「この恋は最初で最后なんだ」と思い込み、それが繰り返されるわけですが、振り返ってみればそれはそれで素敵な時間を過ごしたことになるのだろうと思えます。
恋は愛に変わるのか、恋と愛は別なのか。「最后の恋」はいつなんでしょうね。
そういえば大学時代、仲の良かった友人が、「あのワンスなんとかって、なんと言ってるのよ?」と聞いてきたことがありました。
さだまさしが好きで、白鳥座も好きで、パソコンが好きで、なんだか妙に馬の合う同級生でした。
教室の黒板に "Once and only once, and for one only" と書いたとき、不思議そうな、でも何となく意味に心当たりがあるような、微妙な顔つきをしたのを覚えています。みんな青春してたのかなぁ。
彼に白鳥座のカセットテープを借りてダビングしたのは、著作権法違反だって、もう時効ですよね?
先日何気なくメールチェックをしていたら、アマゾンから「白鳥座のLPがCDで復刻されます」とメールが届いていました。
早速楽天でチェックしてみたら、本当に5月18日に発売されました。「白鳥座」と「DENEB」の2枚。紙ジャケットで、中身のライナーノーツもLP当時のものを完全コピーだそうです。少しのためらいもなく、ぽちっとな、しました。
1週間ほど待たされて届いたCDは、LPをミニチュアにしたような印象。紙ジャケットですし、CDはLPレコードが入っているのと同じ半透明・半円の袋に入っています。
通勤の往復の車内でかけてみました。どの歌も、すらすらと一緒に歌えるほど覚えていることに驚きました。昔、カセットテープがすり切れるほど何度も聴いたもんねぇ。
歌詞に出てくるカセットテープにLPレコード、ブックバンドといった言葉は、今や限りなく死語なのだと思います。サッカーの話題が出てくるのは、時代の象徴なのでしょう。Jリーグが始まるまで、サッカーなんてテレビで放映されなかったですもん。
聴いていて、それはそれは懐かしく、いまや間違いなく通り過ぎ去ってしまった青春時代を、とても鮮やかに思い返しました。あんなことがあった。こんなこともあった。あの人に出会えた。この人と別れた。なんだかとても切なくて、涙が出そうなくらい懐かしい日々。
歌を聴きながら青春時代を思い出すのは、その歌を聴いていた時代がまさに青春時代のまっただ中、明日の見えない日々だったからだと思うのですが、ふと気づいたことがひとつ。多分、歌に出てくる主人公たちがみんな、あの頃の僕の年齢と重なるんです。だからなおさら青春時代を思い出すのでしょうね。
青春時代をもう一度生きてみたい、そんな気もしますが、では実現してあげよう、と言われたら、多分断るでしょうね。
やり直せないから、切なくて後悔があって懐かしいのであって、やり直せたらここまで大切には感じないのでしょう。
それになにより、目の前の小さな命と、偶然の上に出会って一緒に歩くことになった命を想うと、間違いなく目の前の現実の方が遙かに大切なのだと感じます。
思い出は、思い出に。
思い返すたびきらめいている日々に。
明日は見えなかったけれど、夢に向かって走っていた自分に。
そして2回目の結婚記念日に。
2011年02月23日
Happy Birthday to You
「貨物室のドアがどうしても閉まらないようです。ただいま、別の飛行機に変更して出発することが決定いたしました。」 ・・・散々待たされたあげく、機材変更が決定。こうしてバンコク行きの NH953 便は2時間遅れで出発したのでした。
ギリギリ9Kgの娘ちゃんは、途中パパ・ママがご飯を食べているあいだ、絶妙のタイミングでバシネットで寝てくれました。
あとはパパの手を引き、機内をテクテク、テクテク。時々おじさんやおばさんに手を振って、またテクテク。そのうちヨタヨタ。飽きるとお散歩をしたせいか、バンコクまで大してぐずることもなく過ごすことができました。
イミグレーションでは、しばらく並んだ後で、「赤ちゃん連れならこっちにいらっしゃい」とタイパスポートのカウンターに案内されました。
どこでもみんな、娘ちゃんを見るとあやしてくれる人ばかりですが、娘ちゃんは微妙に人見知りモードに突入していました。
昨年秋のハワイ旅行のチケット、最後の成田−バンコクの有効期限がそろそろ切れるので、新しいチケット(今回もバンコク−成田−ホノルル 往復)購入のためにバンコクへ飛びました。今回は娘ちゃんと妻付き、るるぶバンコクです。
とはいえ、2時間遅れで出発して1時間半遅れで到着ですから、結局着いたのは日本時間で夜の8時をまわり、娘ちゃんはそろそろおねむ。夕食に出ようと思っていたのですが予定を変更して、ルームサービスでの夕食となったのでした。でも美味しかった。ソムタムは滅茶苦茶辛かったですが。
翌日も、チケットピックアップの後、昨秋マイミクになった方へタバコを届けてお昼を一緒したり、エンポリアムでベビー服やおもちゃなどを見ていたら、あっという間に日本時間の夜8時。
MRT(地下鉄)Sam Yan 駅に隣接する Chamchuree Square にあるソンブーンで、殻なしプーパッポンカリーを食べて急いでホテルに戻ると、娘ちゃんはそのままベッドのど真ん中を占領して爆睡モードに突入したのでした。
帰りの機内でもバシネットで2時間寝てくれたのですが、食事時間帯はなぜか「私も食べるっ!」と主張されまして、機内食のベビーフードをパクつき、パパとママは交代で食事をする羽目になりました。
まぁ、食欲があると言うのは、悪いことじゃありません。特に旅行では。
慌しいバンコクでしたが、ともあれこれで新しい航空券を手に入れたので良しとしましょう。
そういえばバンコクに来て、タイマッサージを受けなかったのは今回が初めてかもしれません。前回のように現地滞在8時間でも、マッサージは受けていたのになぁ。
豆センセが、「子供が生まれると、旅先ではその子中心に動いたり考えたりするようになる」と言ってらしたけれど、確かにその通りです。
それでも次は7月の連休。きっと旅仲間が誰かバンコクにいることでしょうから、一緒に遊ぼうと誘い出してくれるに違いない(笑)。
帰国して戻った日常では、相も変わらず不活化ポリオワクチンに忙殺されています。
予防接種外来は結構な数きているし、マスコミの取材もあるし、で、未読メールはたまるし、mixi のコメントもほとんどできないし。
今日はフジテレビが取材に入りました。来週のどこかで昼の時間帯に放送されるようです。
今週末と来週はNHKのカメラも入りますから、これも来月中旬には朝の番組で流れるのでしょう。
両テレビの取材が決まって、急いで地デジチューナーが付いているブルーレイレコーダーを買いに走ったのは内緒です(笑)。
今日もしゃべりっぱなしにしゃべって、疲れて帰宅。
寝室ではママおっぱいの最中だった娘ちゃんが、僕の顔を見るなり「お帰り」と手を振ってくれました。
ケーキを買ってきたからさ、ろうそくも可愛いペコちゃんのを一緒に買ったからさ、誕生日のお祝いをしようよ。
パパ・ママ・グランマの3人で Happy Birthday to You の歌を歌うと、最初はきょとんとしていた娘ちゃんも、最後には一緒に手拍子に「あーうー」。火のついたろうそくに手を伸ばしかけたのはご愛嬌でしょうか。
昨年の今日は、なんだか良く分からない興奮の中にいましたが、それから大したトラブルもなく、こうして無事に1歳の誕生日をお祝いできることは幸せです。
こうやって1年1年を積み重ねていく、ということの意味を考えています。
それは多分、「最近どうですか? えっ? もう1歳? うわぁ〜〜」と言って頭を抱えた、産婦人科の主治医の女医さんとは、多分違うような気が・・・しているんだけど・・・
ギリギリ9Kgの娘ちゃんは、途中パパ・ママがご飯を食べているあいだ、絶妙のタイミングでバシネットで寝てくれました。
あとはパパの手を引き、機内をテクテク、テクテク。時々おじさんやおばさんに手を振って、またテクテク。そのうちヨタヨタ。飽きるとお散歩をしたせいか、バンコクまで大してぐずることもなく過ごすことができました。
イミグレーションでは、しばらく並んだ後で、「赤ちゃん連れならこっちにいらっしゃい」とタイパスポートのカウンターに案内されました。
どこでもみんな、娘ちゃんを見るとあやしてくれる人ばかりですが、娘ちゃんは微妙に人見知りモードに突入していました。
昨年秋のハワイ旅行のチケット、最後の成田−バンコクの有効期限がそろそろ切れるので、新しいチケット(今回もバンコク−成田−ホノルル 往復)購入のためにバンコクへ飛びました。今回は娘ちゃんと妻付き、るるぶバンコクです。
とはいえ、2時間遅れで出発して1時間半遅れで到着ですから、結局着いたのは日本時間で夜の8時をまわり、娘ちゃんはそろそろおねむ。夕食に出ようと思っていたのですが予定を変更して、ルームサービスでの夕食となったのでした。でも美味しかった。ソムタムは滅茶苦茶辛かったですが。
翌日も、チケットピックアップの後、昨秋マイミクになった方へタバコを届けてお昼を一緒したり、エンポリアムでベビー服やおもちゃなどを見ていたら、あっという間に日本時間の夜8時。
MRT(地下鉄)Sam Yan 駅に隣接する Chamchuree Square にあるソンブーンで、殻なしプーパッポンカリーを食べて急いでホテルに戻ると、娘ちゃんはそのままベッドのど真ん中を占領して爆睡モードに突入したのでした。
帰りの機内でもバシネットで2時間寝てくれたのですが、食事時間帯はなぜか「私も食べるっ!」と主張されまして、機内食のベビーフードをパクつき、パパとママは交代で食事をする羽目になりました。
まぁ、食欲があると言うのは、悪いことじゃありません。特に旅行では。
慌しいバンコクでしたが、ともあれこれで新しい航空券を手に入れたので良しとしましょう。
そういえばバンコクに来て、タイマッサージを受けなかったのは今回が初めてかもしれません。前回のように現地滞在8時間でも、マッサージは受けていたのになぁ。
豆センセが、「子供が生まれると、旅先ではその子中心に動いたり考えたりするようになる」と言ってらしたけれど、確かにその通りです。
それでも次は7月の連休。きっと旅仲間が誰かバンコクにいることでしょうから、一緒に遊ぼうと誘い出してくれるに違いない(笑)。
帰国して戻った日常では、相も変わらず不活化ポリオワクチンに忙殺されています。
予防接種外来は結構な数きているし、マスコミの取材もあるし、で、未読メールはたまるし、mixi のコメントもほとんどできないし。
今日はフジテレビが取材に入りました。来週のどこかで昼の時間帯に放送されるようです。
今週末と来週はNHKのカメラも入りますから、これも来月中旬には朝の番組で流れるのでしょう。
両テレビの取材が決まって、急いで地デジチューナーが付いているブルーレイレコーダーを買いに走ったのは内緒です(笑)。
今日もしゃべりっぱなしにしゃべって、疲れて帰宅。
寝室ではママおっぱいの最中だった娘ちゃんが、僕の顔を見るなり「お帰り」と手を振ってくれました。
ケーキを買ってきたからさ、ろうそくも可愛いペコちゃんのを一緒に買ったからさ、誕生日のお祝いをしようよ。
パパ・ママ・グランマの3人で Happy Birthday to You の歌を歌うと、最初はきょとんとしていた娘ちゃんも、最後には一緒に手拍子に「あーうー」。火のついたろうそくに手を伸ばしかけたのはご愛嬌でしょうか。
昨年の今日は、なんだか良く分からない興奮の中にいましたが、それから大したトラブルもなく、こうして無事に1歳の誕生日をお祝いできることは幸せです。
こうやって1年1年を積み重ねていく、ということの意味を考えています。
それは多分、「最近どうですか? えっ? もう1歳? うわぁ〜〜」と言って頭を抱えた、産婦人科の主治医の女医さんとは、多分違うような気が・・・しているんだけど・・・
2011年01月31日
受験生ブルース
不活化ポリオワクチン(IPV)をやる、と昨年11月に決めたら、それはもう忙しい毎日となってしまいました。
患者さんからの問い合わせは、医療連携室に任せることができましたが、病院の(というか僕の)ポリシーとして、ちゃんと説明を聞かないと接種の申し込みができないわけで、すなわち、外来に説明を求めてやってくる患者さん急増、すなわち、午後の空き時間が無くなる、とまぁ、仕事急増となりました。
さらに公立病院で地域住民向けに不活化ポリオワクチンを接種するのはウチが(僕が)初めて、ということもあって、マスコミの取材も急増。
マスコミに取り上げられると、さらに問い合わせ急増、外来にいらっしゃる患者さん急増、これが口コミとマスコミを刺激して、さらに話題が広がる、と急増スパイラルに突入します。
しかも勉強しなくっちゃ、と久しぶりに英語の論文と格闘していますが、まだまだ勉強不足。それを補うために、すでに接種をしている先生や関心を持っている先生を誘ってメーリングリストを作ったら、これまた申し込み急増で対応に追われる始末。
急がないメールの対応は後回しにしたら、未読メールが増える、増える・・・
なんだか、今月は完全にてんぱっています。
そうやってバタバタしているあいだに、外来はいつのまにかお腹の風邪(急性胃腸炎)が消え、代わりにやってきました、今年もインフルエンザシーズン。
最近の流行は新型インフルエンザですから、ちまたでは、昨年かかった子供たちよりも20〜60代の患者さんが多いそうですが、そうは言っても昨年かからなかった子供たちもいるわけで、外来はそれなりににぎわっています。
特にこのところ、中3だの高3だのの受験生がやってきて、「あさって試験なんです」とか泣きついてくださる。
受験だもんねぇ。熱で朦朧として試験を受けるのは悲惨だよねぇ。
幼稚園・小学校・中学校・高校・予備校(笑)・大学と入試を受け続けた人間としては、気持ちは良くわかる。
幸い(?)今年はイナビルという新しい吸入薬が出まして、これが良く効きます。吸入した翌日には熱が下がっちゃう。これなら何とか、別室受験だとしても、熱にうなされずに試験は受けられそうです。
そう説明すると、多くの子供はほっとした表情を見せるのですが、中には肝が据わっているんだかすでに諦めているんだか、別に治らなくてもいいもん、とか語ってくださる。
それもまた、屈折した受験生らしいと言えば、らしいのでしょうか。
最近は2〜3年に1度しか試験勉強をしないわが身(それでも試験勉強するんだ? PALS があるのね・・・)としては、頑張れ〜と心の中で応援しているのですが、まぁ確かにその時代にまた戻りたいか、と尋ねられると悩みます。
夢はいっぱいある時期なんだけれどね。先の見えない不安というヤツも山ほど抱えているんだよね。
出口の見えないトンネルでもがくのは、なかなかエネルギーがいりますね。
そして外来にはついに、熱で顔が真っ赤な子供に混じって、花粉で目が真っ赤な子供もやってくるようになりました。
相変わらず、外来患者で季節を知る小児科医なのでした。
患者さんからの問い合わせは、医療連携室に任せることができましたが、病院の(というか僕の)ポリシーとして、ちゃんと説明を聞かないと接種の申し込みができないわけで、すなわち、外来に説明を求めてやってくる患者さん急増、すなわち、午後の空き時間が無くなる、とまぁ、仕事急増となりました。
さらに公立病院で地域住民向けに不活化ポリオワクチンを接種するのはウチが(僕が)初めて、ということもあって、マスコミの取材も急増。
マスコミに取り上げられると、さらに問い合わせ急増、外来にいらっしゃる患者さん急増、これが口コミとマスコミを刺激して、さらに話題が広がる、と急増スパイラルに突入します。
しかも勉強しなくっちゃ、と久しぶりに英語の論文と格闘していますが、まだまだ勉強不足。それを補うために、すでに接種をしている先生や関心を持っている先生を誘ってメーリングリストを作ったら、これまた申し込み急増で対応に追われる始末。
急がないメールの対応は後回しにしたら、未読メールが増える、増える・・・
なんだか、今月は完全にてんぱっています。
そうやってバタバタしているあいだに、外来はいつのまにかお腹の風邪(急性胃腸炎)が消え、代わりにやってきました、今年もインフルエンザシーズン。
最近の流行は新型インフルエンザですから、ちまたでは、昨年かかった子供たちよりも20〜60代の患者さんが多いそうですが、そうは言っても昨年かからなかった子供たちもいるわけで、外来はそれなりににぎわっています。
特にこのところ、中3だの高3だのの受験生がやってきて、「あさって試験なんです」とか泣きついてくださる。
受験だもんねぇ。熱で朦朧として試験を受けるのは悲惨だよねぇ。
幼稚園・小学校・中学校・高校・予備校(笑)・大学と入試を受け続けた人間としては、気持ちは良くわかる。
幸い(?)今年はイナビルという新しい吸入薬が出まして、これが良く効きます。吸入した翌日には熱が下がっちゃう。これなら何とか、別室受験だとしても、熱にうなされずに試験は受けられそうです。
そう説明すると、多くの子供はほっとした表情を見せるのですが、中には肝が据わっているんだかすでに諦めているんだか、別に治らなくてもいいもん、とか語ってくださる。
それもまた、屈折した受験生らしいと言えば、らしいのでしょうか。
最近は2〜3年に1度しか試験勉強をしないわが身(それでも試験勉強するんだ? PALS があるのね・・・)としては、頑張れ〜と心の中で応援しているのですが、まぁ確かにその時代にまた戻りたいか、と尋ねられると悩みます。
夢はいっぱいある時期なんだけれどね。先の見えない不安というヤツも山ほど抱えているんだよね。
出口の見えないトンネルでもがくのは、なかなかエネルギーがいりますね。
そして外来にはついに、熱で顔が真っ赤な子供に混じって、花粉で目が真っ赤な子供もやってくるようになりました。
相変わらず、外来患者で季節を知る小児科医なのでした。


